三月のバスで待ってる



「そうか、そんなことが……」
関さんは白髪の混じった頭に手をやりながら、独り言みたいにつぶやいた。
「僕はね、想太のお母さんに会ったことはない。彼は、決して自分から家族の話をしようとしなかったからね。なにか事情があるんだろうとは思ってたけど。でも、少しだけ、聞いたことがあるよ」
「それって……」
「ああ、今回、彼が仕事を辞めることになった理由だね。想太の家は、大会社を経営する家系でね、兄弟が3人いて、ほかの兄弟はそれぞれ父親の仕事を受け継いで系列会社を経営し成功を収めている。でも想太は自分に経営者は向いていない、自分の道は自分で選びたいと、随分前から家族と折り合いが悪かったらしい。高校まではそれでも真面目にやっていたものの、あることをきっかけにただ言いなりの人生を歩むことに疑問を持つようになった」
それは、前に少しだけ聞いたことがあった。
勉強漬けの生活に疑問を持つようになったこと。そして、人に喜ばれる仕事をしたいと思うようになったこと。
「僕が想太に出会ったのは、彼がちょうどそのことで悩んでいた頃だね。いつも暗い顔でバスに乗ってくる想太のことを、とくに話はしないもののどこかで気にかけていた。ある時、彼がどこにも行きたくないと言い出したから、それなら気が済むまで乗っていなさいと言ったんだ。本でも読んでいたら時間なんてすぐに過ぎてしまうからって」
私は目を見開いた。
それは、想太が私に言ったことと同じ。
そうかーー彼は自分が過去にしてもらったことを、私に同じようにしてくれたんだ。
思い出して、涙をにじませながら、私はこくりと頷いた。
< 137 / 155 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop