三月のバスで待ってる
「それから、彼は少しずつ変わっていったよ。いつも下を向いていた顔をあげて、少しずつ話をするようになった。暗い目をしていたのが、笑うようになった。嬉しかったね。ああこの仕事をやっててよかったと思ったよ」
関さんは懐かしそうに言って、おっと僕の話になってしまったね、と笑った。
「ある時、想太が言ったんだ。僕は大学に行きません。家を出て、1人で生きていきます。家族に縁を切られようと、もう自分を殺してまで言いなりになりたくありませんと。それまで悩んでいたのが嘘みたいにはっきり、そう言ったんだ。僕は応援すると言った。それから1年後、想太はうちの会社に入ってきた。でも当然、経営者一家がバスの運転手なんていう仕事をすんなり認めるはずがなかった。猛反対されたけど、ほとんど縁を切る覚悟で飛び出してきたそうだ」
そんな苦労があったなんて、知らなかった。彼はいつも笑顔で、苦労なんて少しも感じさせなかったから。
しかしねえ、と関さんは言葉を濁らせた。
「数年間何も音沙汰がなかったのに、最近急にお母さんのほうから連絡があってね。あっちの詳しい事情はわからないけど、家の中で何か変化があったのか、それともそのうち根を上げて戻ってくるだろうとたかを括っていたのか……それで、いきなり息子に会社を辞めさせろと言ってきた。できないならそちらを潰すくらいの権力はあると脅しまでかけて。それで、想太はずいぶん悩んでいたけど、会社に迷惑をかけられないからと、自分から辞表を出したんだ」
想像を上回る仕打ちに。私は愕然とした。
ひどいーー
想太は、この仕事が好きだと言っていた。尊敬する先輩がいて、毎日人と出会うことができる、人の喜ぶ顔を見られるこの仕事が好きだと言っていた。
言いなりの人生から抜け出して、やっと見つけた大切な人仕事なのに。
それなのに、その大切なものを、本人の意思を無視して無理やり奪うなんて。
ああ、だからあの時ーー
『壊れてないと思うよ』
彼は、そう言ったんだ。
私の家族は、私のことを考えて行動してくれた。引っ越しなんて大きな決断をしてくれた。思いやりのある、いい家族だって。