三月のバスで待ってる



春休み。月明かりがきれいな夜ーー
私は、あの丘に立っていた。
10年前、家族で来た場所に、ひとりで。

『お願いがあるの』

と私はお父さんとお母さんに言った。
小学校の頃、ドライブの帰りに寄った丘の場所を教えて欲しい。
そして、夜にひとりでその場所に行かせてほしい。
突然の頼みに2人は驚いていたけれど、私の迷いのない口調になにかを察してくれたのか、承諾してくれた。
電車で1時間半。駅を降りて少し歩くことになる。晴れていて月明かりのある日を選んで、私は日が暮れる前に出発した。
普段電車なんて乗らない私にとっては、十分遠出だった。
電車に乗りながらふと思った。
私はあの時ーー線路に落ちた時、そこへ行こうとしていたんじゃないか。
あの場所は、私の心の中にいつもあった。
どうしようもなく辛い時、消えてしまいたいと思う時、私はいつも頭の中にあの光景を思い浮かべていた。
お守りは人にあげてしまった。だからもう一度、あの場所に行って花びらをとってこようとしたんじゃないか。
その時の記憶はぼんやりしていて、はっきりとは思い出せない。
結局、場所もわからずあんなことになってしまって行けなかったけれど、今度は大丈夫。ちゃんと下調べもしたし、ふらついてもいない。

丘にたどり着く頃には、すっかり日が落ちて夜になっていた。
月明かりの下で、白い花びらが頭上を舞っていた。
空から小さな花びらがはらはらと落ちてきて、私の手のひらに音もなく落ちてきた。
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