三月のバスで待ってる
白く、小さなーーそれは、櫻の花びらだった。
あの時、家族で交わした会話を思い出す。
『これは、櫻の木だな』
と顔に似合わず花が好きなお父さんが、白い花をいっぱいにまとった木を見上げて言った。
『桜?桜にはちょっと早いんじゃないかしら?今年は例年より遅いみたいだし』
と首を傾げるお母さんに、お父さんが笑って答えた。
『ちがうちがう、その桜じゃなくて、桜桃のほうの櫻。さくらんぼの木だよ』
『さくらんぼがなるの?』
私と深香は目を丸くして言った。
さくらんぼはスーパーで売っているもので、木になっているところを見たことがなかったから。
『もう少ししたらね。不思議だよなあ。実はあんなに赤いのに、花は真っ白なんだ』
『でもなんでさくらなの?時期も近いし、間違えちゃうよ』
私が尋ねると、お父さんは得意げに解説をはじめた。
『櫻の字の嬰は、貝の首飾りをまとった女の人っていう意味なんだ。木偏に嬰で、木をとりまくように花が咲く木っていう意味。なんとなく、うちの櫻井って名前も、なにかに守られてるような、縁起のいい名前に思えてくるよな』
そんなクサイ台詞を言うお父さんに、お母さんがくすりと笑う。
『さすがお父さん、雑学だけは豊富ねえ』
『知っていたほうがこういう時に説明できるだろ』
『それもそうね』
みんなで笑いあって、それからまた自然と言葉がその美しい景色の中に消えた。
ずっと見ていたいような光景だった。