三月のバスで待ってる

ベンチに座っていろいろな話をした。

この1年間の出来事。話したかったこと。話せなかったこと。
「へえ、4月から美大生かあ」
想太は目を丸くして言った。
「はい、絵の勉強をもっとしたいと思って」
「好きなことができるって幸せなことだよね。それをできる場所があるなら、なおさら」
好きなことーー
想太はどうなのだろう。
やっぱり、家を継ぐのだろうか。
それは仕方ないことなんだろうか。
おそるおそる尋ねると、想太は予想に反して、にっと笑って言った。
「じつは、明日からまた復帰するんだ」
「えっ!?許してもらえたんですか?」
あの冷徹なお母さんが許してくれるとは思えなくて、思わず声をあげた。
「ああ、やっぱり聞いてたか」
想太は照れくさそうに頭を掻く。
「父親がね、こいつに経営は向いてないってはっきり言ったんだ。母親のほうは納得してなかったけど、継がせるほうがそう判断したんだからどうしようもないよね」
どうしようもないなんて言いながら、その表情は嬉しそうだ。
たしかにちょっとお人好しすぎるところがある想太には、人の上に立つより寄り添うほうが向いているかもしれない。
私はお父さんの判断に拍手を送りたくなった。
「そんなわけで、明日からまたバスの運転手に戻ります」
爽やかに笑って言う想太。
よかった、と思った。
好きなことを諦めなくて済んで。
自分を殺してまで決められた道を歩まずに済んで。
本当に、よかった。
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