三月のバスで待ってる

それからまた、バスがゆっくりと動きだした。

よく見ると、赤ちゃんを抱っこしたお母さんや、杖をついたお年寄り、足が悪いのか歩きづらそうにしている人など、バスに乗るのが大変そうな人はけっこういることに気づく。

そういう人たちが乗り降りするたび想太が素早く立ち上がり、手を差し伸べたり荷物を持ったりして、手助けしている。

彼らは決まって優しい顔で、「いつもありがとう」「またよろしくね」とお礼を言う。常連さんも多いようだ。人に優しくされると、自然と優しい顔になるのかもしれない。

その時ふと、想太の言葉を思い出した。

『下ばかり見てると、見える景色も見えなくなっちゃうよ』

本当だ、と思った。下を向いていたら、そういう光景にもきっと気づかなかっただろう。

私は一番前の席、運転席の座席越しに見える想太の頭を見つめた。背が高いから、後ろ向きでもよく見える。

人が降りるたび、想太は笑顔で声をかける。

「ありがとうございます」
「またね」
「お気をつけて」

ぶっきらぼうな人はいるけれど、無視する人はほとんどいない。彼の人柄が、つい応えたくさせるのかもしれない。

常連らしいおばさんたちが降りる間際に、「想太くん、またね」「想太くん、頑張ってー」などと声をかけていく声が聞こえる。

温かい空気に、私は思わず心が和むのを感じた。
< 16 / 155 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop