三月のバスで待ってる
「……どうして、そんなに優しいんですか」
優しくされると、勘違いしてしまう。
その優しさが自分だけに向けられるものだと、思ってしまいそうになる。
彼は仕事で、私はただ毎日バスに乗るだけの乗客で、優しい言葉をかけてもらう理由なんてどこにもないのに。
「教えてもらったから」
と彼は言った。
「人に優しくすることは、自分のためでもある。絶対に無駄にならない。それに、たとえ自分ではそう思っていなくても、誰かが手を差し伸べてくれることを望んでいる人もいる。たとえお節介と言われようと、そういう人間になりなさいって」
彼は懐かしそうに目を細める。
「この仕事をはじめたばかりの時、お世話になった先輩に教えてもらったんだ。関さんっていう、いまでも、俺がいちばん尊敬できる人」
夕焼けに薄く染まる空の下、そう言って笑った彼の横顔が少し寂しそうに見えて、思わずドキリとした。
吸い込まれてしまいそうな、ずっと見ていたくなるようなーー
それは、いままで感じたことのない気持ちだった。