三月のバスで待ってる
背の高いビルが並ぶ街中を抜けて、住宅街へと進む。その辺りには木が生い茂るすこし大きめの公園があり、橋を渡った先に、引っ越してきたばかりの私の家がある。
バスが停車し、私はたった今目が覚めたようにぼんやりした頭を持ち上げて、席を立った。
乗った時には席の半分くらいを埋めていた人の姿はなくなり、気づけば乗客は私だけになっていた。
バス停には誰もいなかった。バスを降りた途端、熱気を閉じ込めたような蒸し暑さが押し寄せてくる。ここから家まで歩くだけでも汗だくになりそうだ。
げんなりした気持ちで歩き出そうとした時。
「あっ、ちょっと待って!」
と、後ろから慌てたような声が飛んできた。
ーーえっ、私?
確認するまでもなく、周りには私しかいない。
こわごわ振り向くと、開いたドアから顔を出したのは、紺色の制服に同じ色の帽子をかぶった運転手さんだった。
降りてきて目の前に立った男の人を見上げる。
背が高く、人のよさそうな男の人だ。目が合った瞬間、帽子の下の整った顔が、笑った拍子にくしゃりと崩れた。
「ハイ、忘れもの」
「あ……」
差し出されたのは、文房具店の袋に入ったノートだった。
「す、すみません……!」
言いながら、思わず恥ずかしさに顔が熱くなった。
これを買いに行ったのに置き忘れるなんて、ぼうっとしすぎだ。