三月のバスで待ってる
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目が覚めて、どうしてこんな季節外れの夢を見たんだろう、とぼんやり思った。
楽しかった家族の思い出は、いまでもよく覚えている。
あれは3月、1度目の引越しの前。家族でこの街での思い出づくりのためにドライブに出かけたのだった。少し肌寒かったけれど、どこに行ってもなにをしても笑いが絶えず、楽しい思い出になった。
家に帰ってきてから、当時ハンドメイドに凝っていたお母さんが、樹脂で花びらを固めて型に入れ、キーホルダーにしてくれた。その中に入った白い花びらは、雨あがりの滴にふわふわと浮かぶようにきれいだった。
あのキーホルダーはもう手元にはないけれど、あの幻想的な光景と白い花の記憶は、いまも私の中に強く残っている。
私たち家族は、10年ぶりにこの街に戻ってきた。けれど、家族でどこかドライブに行こうなんていう雰囲気は、家のどこにも存在しなかった。
楽しかった時間は、なくなってしまった。
1度目の引越しの時とは、何もかもが違っていた。
どうすればよかったのだろう。どうすれば、こんなことにならずに済んだのだろう。何度も後悔して、そのたびにいつも行き着くところは一緒だった。
私のしたことが原因だった。
あんなことを思い立たなければ、もしかしたらーーと、考えずにはいられなかった。
布団の中から窓際の置き時計に目をやって、ガバッと体を起こした。少しのんびりしすぎてしまった。布団から出て、壁にかかっている制服を手に取り、急ぎ足で階段を降りた。
お父さんはすでに仕事に行ったようだった。最後に顔を見たのはいつだったか思い出せないほど、同じ家に住んでいるのに滅多に顔を合わせない。
「おはよう深月。朝ごはんできてるわよ」
「うん、いただきます」
朝食はいつもトーストとサラダ。食べているうちに少しずつ目が冴えてくる。
食べ終えかけたところに、深香が無言で入ってきた。
「おはよう、深香」
お母さんが声をかけるけれど無視して、テーブルについて黙々とトーストを食べはじめた。あっという間に食べ終えて、無言で食器を片付けて席を立つ。
お母さんはしばらくその様子をじっと見ていたけれど、何も言わずに洗い物をはじめた。
必要なことを話さず、目も合わせない。同じ家にいるのに、まるで別々の空間で生活しているよう。この家はいつも、どこにいても静かだ。
仲がよかった家族がこんな風になってしまったのは、私のせいだった。
どんなに時間を巻き戻したくても、巻き戻ってはくれない。起きてしまったことを、決して消すことはできないように。
いいことも、悪いことも、ずっと残り続ける。そして、いまもこの家に暗い影を落としているのだ。