三月のバスで待ってる
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外に出ると、9月になっても夏を引きずっているようなじりじりとした蒸し暑さに一気に体力を削がれる。
小走りでバス停に行くと、バスが待ち構えていたかのようにエンジンをかけた状態で停まっていた。
相変わらず最初の乗客は私1人だけ。これが普通なのだと、だんだん慣れてきていた。
「おはよう、深月ちゃん」
バスに乗り込むと、運転席から想太が顔を出して、にっこり笑って言った。
「おはようございます」
そう言って、私も笑おうとしたけれど、普段しないことは、しようと思っても簡単にはできないものだ。頰が引きつっただけで、きっと変な顔になっていると思う。
「じゃ、出発します」
想太がシャキッとした声で言った。
運転中はもちろん話はしない。でも時々前から聞こえてくるアナウンスはどこか砕けた調子で、思わず緊張していた頰が緩んでしまう。
乗客が私ひとりしかいない気を抜いているのかと思っていたけれど、そうじゃないみたいだった。彼は、誰に対してもそうなのだ。
「おはようございます!」
「今日はいい天気ですね」
「いってらっしゃい」
「気をつけてね」
まるでご近所さんと挨拶をするような和やかなやりとりが、たびたび前のほうから聞こえてくる。
「想太くんもね」なんておばさんに返されているのを見ると、思わず笑いそうになってしまった。
温かい空気の中に、緊張感が溶けていくのがわかる。
学校の近くのバス停で停まり、私は席を立った。
切符を通す時、想太がにっこりと微笑んで言った。
「いってらっしゃい」
声には出さなくても、「頑張って」と背中を押してもらったような気がした。
「はい、いってきます」
少し恥ずかしい気がしたけれど、今日はちゃんと答えられた。家を出る時よりも、ずっとはっきりした声で。