三月のバスで待ってる
◯
「おはよう、櫻井さん」
下駄箱で靴を履き替えていると、ふいに声をかけられた。振り向くと、同じクラスの女の子が立っている。長いストレートのポニーテールと、くるりと大きな目が可愛らしい活発そうな女の子だ。
「あ……おはよう」
おずおずと答えると、彼女はホッとしたように笑って言った。
「よかったぁ。昨日は声かけれなかったから、今日会ったらしい絶対挨拶しようって思ってたんだ。あたし川口杏奈っていうの。よろしくね」
「う、うん、よろしく……」
「最初は緊張するよねー。わかるわかる。まああたしは転校したこととかないけどさ、新しいクラスとか最初は緊張するもん。あ、隣の席に鈴村ってやついるじゃん?あいつ同じ中学だったんだけど、めっちゃ無愛想だけど根はいいやつだし……」
ペラペラと1人で話を進めていく彼女のペースに私は完全に置いてきぼりで、うん、とか、はあ、とか相槌を打ちながら聞いていた。
「ーーってことで、友達になってくれる?」
「え?」
私は驚いて彼女を凝視した。
聞き間違いだろうかと思いながら尋ねる。
「と、友達……?」
「うん、櫻井さんと友達になりたいんだけど、ダメかな?」
「ダメじゃないけど……」
なんで私?友達なんて、たくさんいそうなのにーー
疑問が浮かぶけれど、怖くて口には出せない。
「ほんと?やった!よろしくねー」
言いながら、ぶんぶんと両手を揺さぶられる。
「あたしのことは杏奈でいいよ。櫻井さんのこと深月って呼んでもいい?」
「う、うん」
な、なんか強引な子だなあ……。
『友達』という響きに、過去の記憶が蘇り胸の奥をざわりと撫でる。
『あたしたち、友達だよね?』
そんなの、嘘だった。
友達なんて、そんな言葉、なんの意味もなかった。
彼女はきっとあの子たちとは違うーーそう思いたくても、忘れられない記憶が、心を許すな、許せば痛い目に遭う、としきりに語りかけてくるのだった。