三月のバスで待ってる



「おはよう、櫻井さん」

下駄箱で靴を履き替えていると、ふいに声をかけられた。振り向くと、同じクラスの女の子が立っている。長いストレートのポニーテールと、くるりと大きな目が可愛らしい活発そうな女の子だ。

「あ……おはよう」

おずおずと答えると、彼女はホッとしたように笑って言った。

「よかったぁ。昨日は声かけれなかったから、今日会ったらしい絶対挨拶しようって思ってたんだ。あたし川口杏奈っていうの。よろしくね」

「う、うん、よろしく……」

「最初は緊張するよねー。わかるわかる。まああたしは転校したこととかないけどさ、新しいクラスとか最初は緊張するもん。あ、隣の席に鈴村ってやついるじゃん?あいつ同じ中学だったんだけど、めっちゃ無愛想だけど根はいいやつだし……」

ペラペラと1人で話を進めていく彼女のペースに私は完全に置いてきぼりで、うん、とか、はあ、とか相槌を打ちながら聞いていた。

「ーーってことで、友達になってくれる?」

「え?」

私は驚いて彼女を凝視した。
聞き間違いだろうかと思いながら尋ねる。

「と、友達……?」

「うん、櫻井さんと友達になりたいんだけど、ダメかな?」

「ダメじゃないけど……」

なんで私?友達なんて、たくさんいそうなのにーー
疑問が浮かぶけれど、怖くて口には出せない。

「ほんと?やった!よろしくねー」

言いながら、ぶんぶんと両手を揺さぶられる。

「あたしのことは杏奈でいいよ。櫻井さんのこと深月って呼んでもいい?」

「う、うん」

な、なんか強引な子だなあ……。

『友達』という響きに、過去の記憶が蘇り胸の奥をざわりと撫でる。


『あたしたち、友達だよね?』


そんなの、嘘だった。
友達なんて、そんな言葉、なんの意味もなかった。

彼女はきっとあの子たちとは違うーーそう思いたくても、忘れられない記憶が、心を許すな、許せば痛い目に遭う、としきりに語りかけてくるのだった。
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