三月のバスで待ってる
◯
午後は週に一度の学年集会がある。今日は交通安全指導があるらしい。
「深月、体育館一緒に行こっ」
当たり前のように声をかけられることに、まだ慣れない私はいちいちビクッとしてしまう。だけど杏奈はそんな私の態度などまるでお構いなしだ。
「う、うん」
私は言われるがまま立ち上がった。隣の席では悠人が机に突っ伏して寝ている。悠人はバスケ部のエースで、放課後遅くまでの部活と朝練の部活漬けで疲れ切っていると杏奈が言っていた。
「ほら、鈴村も行くよっ」
杏奈がバシッとその背中を叩いて、無理矢理起き上がらせる。
蒸し風呂みたいにどこもかしこも熱気がこもっている廊下を歩きながら、悠人が愚痴を吐く。
「交通安全とかだるい。小学生じゃないんだから、わざわざ言われなくても自分の身は自分で守るだろ」
「文句ばっか言わない。終わったら部活なんだから。我慢我慢」
「へいへい」
バスケ部の悠人と、マネージャーの杏奈。いい組み合わせだと2人を見ていて思う。一緒にいるのがすごく自然で、憎まれ口を叩いていても本気じゃないのがわかる。
それに比べて私は、きっと側から見ても、不自然だろう。自分でもそう思う。
私はなんでここにいるんだろう。自然な2人の中に私がいることが、どうしても邪魔に思えて、会話に入ることができなかった。
ーーこんなんじゃ一緒にいても楽しくないよね、きっと。
どうして彼女は友達になりたいなんて言ったのだろう。
同情だろうか。転校生だからだろうか。友達ができなさそうだからーー
理由はいくらでも思いつくけれど、気を使わなくていいのに、とつい卑屈な考えになってしまう。
今まで、教室でも、教室の外でも、ずっと1人だった。誰と移動するとか、どこに座るとか考えるまでもなく、1人で後ろのほうに、なるべく目立たないようにぽつんと座っていた。
これからもずっとそうだと思っていた。
なのに、いま私の隣にはクラスメイトが2人いて、笑いながら集会が始まるまでの待ち時間を過ごしている。
ーー私、ここにいていいのかな。
何度も頭に浮かんだその思いはどんどん大きくなり、飲み込まれそうになる。この2人はきっと、こんな不安を感じたこともないのだろう。
冷房もなく、蒸し風呂のように暑い体育館で、交通安全指導が1時間も行われた。ひとりふたり倒れてもおかしくない暑さだ。
途中スクリーンに映像が映しだされて館内の照明が落とされるなり、すうすうと悠人のものであろう寝息が聞こえくる。
この人はどこでも寝るなあ、と感心していたら、いつの間にか私も眠気に誘われていた。