三月のバスで待ってる
『ーーカンカンカンカン』
暗闇に響く踏み切りの音に、ハッと我に返った。
鼓動が早い。私は動揺を隠すように、胸に手を当てた。
気づけば集会は終わっていて、明るくなった体育館からぞろぞろと生徒たちが出ていくところだった。
深月、と隣で杏奈が呼びかける。
「どうしたの?なんか魂抜けてたよ」
「ご、ごめん……あれ、鈴村くんは?」
「終わった瞬間、真っ先に出てったよ。さっきまで爆睡してたくせに。ほんとどんだけ部活好きなんだか」
「そうなんだ……ごめんね」
「なんで謝るの?」
「だって、川口さんも部活あるのに……」
「もう、川口さんじゃなくて、杏奈でいいってば」
「あ、はい……」
一緒に行かったんじゃないかな、と思ったのだ。でも直接気持ちを聞いたわけじゃないし、とつい口ごもってしまった。
「大丈夫だよ。うちの部活、そんなに厳しくないし。それより深月に言っときたいことあるんだよね」
「え……?」
ドキリとした。
言っておきたいこと……?
なんだろう。頭を巡らせるけれど、わからない。
あのね、と今度は杏奈が言いづらそうなそぶりをして、それから意を決したように、私を見た。
杏奈は顔を寄せて、小声で囁く。
「じつはあたし、鈴村のこと好きなの」
「えっ?」
「えへ、びっくりした?中学の時からずっと好きでけっこうアピールしてるつもりなんだけど、あたしこんな性格だから女の子らしさとかないし、全然気づいてもらえなくてさあ」
照れながら話す杏奈を、私はポカンと見つめた。
びっくりするどころか、むしろわかりやすすぎて隠すつもりがないのかと思っていた。
気づかないのは悠人が鈍感すぎるからだと思うけど……でも、これを言ったら失礼かもしれない。
私はぎこちなく笑って「そうなんだ」と頷いた。
「ちょっとでも近づきたくてバスケ部のマネージャーになって、ルールも覚えていろいろ頑張ってんのに、ぜんっぜん伝わらないんだよね。どうすればいいと思う?」
「ええと……」
どうすればいいかなんて、訊かれてもわからなくて戸惑った。
いままで恋愛経験どころか初恋すら未経験で、相談されるような友達もいなかったから。
アドバイスなんて、とてもできないけれど。
でもーー
「……伝わってるんじゃないかな」
思ったことを言ってみた。それは、本当に思っていたことだから。
「うまく言えないけど、川……杏奈が頑張ってるの、鈴村くんにちゃんと伝わってると思う」
だって、杏奈と話している時の悠人は、口調とは裏腹に、すごく優しい表情をしているから。きっとそういうところを見ているから、信頼しているんだろうな、と思う。
「そ、そうかな?」
杏奈は照れたように頭を掻いて、
「ありがとう、深月。なんか元気でた!」
杏奈はガシッと私の両手を掴み、目を潤ませた。
……一生懸命だなぁ。
マネージャーになったきっかけは「好きな人に近づきたい」だったとしても、彼女はきっと、何をするにも手を抜いたりしないんだろう。
目の前にあることや人にまっすぐ向き合える彼女が、私にはまぶしくて、少し羨ましかった。