三月のバスで待ってる



家に帰って少ししてから、玄関がガチャリと開く音がした。机に向かってぼんやり考え事をしていた私は、深香が帰ってきたことに気づいて、ハッと我に返った。

階段をのぼるように音。ドアを開けようと思う。でも、顔を合わせたところで、私は何も言えないだろう。

隣の部屋のドアが閉まる音がして、私の耳にはもうなんの音も届かなくなった。

静かな部屋の中で、夢に見た、あの白い花が舞う景色を思い出す。

家族がまだ仲がよかった頃。

いまはもうどこにもない、遠い記憶。

あの楽しかった時間が戻ってくることは、もう二度とないのだ。

そんな思いに押し潰されそうになりながら、いつものように静かな夜をやり過ごす。





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