三月のバスで待ってる
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いつもより2本遅い時間のバスは、帰宅ラッシュと重なって混み合っていた。
駅のほうと違って利用者が少ないこのルートでは、いつも席が全部埋まっていることなんてほとんどなかったから、開いた扉からあふれるように人が乗っていて思わず怯んでしまった。
いつもの後ろのほうの席は当然座れず、前のほうに移動して立つ。両側から人に押されて、窓どころか周りが全然見えない状態。私は潰されそうになりながら、なんとか足に力を入れた。
ほかの人はみなこれが当たり前だというようない顔で立っていたり、平然と携帯をいじっている人もいる。その余裕、少しでいいから分けてほしい。私なんて肩幅を半分くらい縮めて立っているのがやっとなのに……。
ドアが開いて、少しは楽になるかと思いきや、減った以上の人が乗り込んできて、車内はさらにおしくらまんじゅう状態で、私はどんどん前のほうに押し出されていく。
目をつむって、早く着いて、と願っていた時。ふと、腰のあたりに違和感を覚えた。
背筋がヒヤリとしたーーそれは、誰かの手だった。
瞬時に、『チカン』という言葉が頭をよぎるけれど、もし勘違いだったら……。
その時、腰に触る手がもぞりと動いて、確信した。
ーーやっぱり、間違いない。
逃げ出そうにも、バスはたった今停まったばかりで、まだしばらドアは開きそうにない。
こんなにたくさん人がいる中で声をあげるなんて、もっとできない。
腰のあたりにあった手の感触が動いて、少しずつ下に下りてくる。顔の見えない誰かの手の感触に、私は絶望に襲われた。
ーー嫌だ。怖い……!
私の体は意思に反して全身凍りついたようにピクリとも動かず、ただギュッと目をつむることしかできなかった。
その時、突然、バスが停車した。
ーーえっ?
もうそんなに時間が過ぎたのだろうか。まださっきのバス停から数分しか経っていないような気がするけれど……。
ほかの乗客も変に思ったらしく、あちこちから「なに?」「なんかあったの?」と声が聞こえてくる。
その時、周囲の空気がふっと変わるのを感じた。
手とは違う誰かが、グイッと私を引き寄せる。
「その手を離せ、今すぐ」
ーーえっ?
その声に、私はまた驚く。
運転席にいるはずの想太が、どうして目の前にいるのだろう。
「ミラーで見えてましたよ。あなたがしてたこと、全部」
想太が落ち着いた声で言いながら、男の腕を捻り上げた。
「いてえっ!」
車内に響き渡る悲鳴に、ざわめきが大きくなる。