三月のバスで待ってる
「みなさん、お静かに!」
突然、ガタイのいい私服の男の人が叫んだ。鉄を打つようなよく通る声に、ざわめきは一瞬にして消えた。
「私は警官です。この男は私が責任を持って署まで連行しますので、ご安心ください」
おおー!と歓声があがる。
「運転手さん、この近くの警察署で停めてもらっていいですか?」
「了解しました」
想太は頷いて運転席に戻り、バスを少し先の警察署前に停めた。
「おい、行くぞ」
「ひ、ひい……」
ガタイのいい警察官は男の腕を荷物を引きずるようにずるずる引っ張って去って行った。
「ありがとうございます。お願いします」
想太が彼に向かって深く頭を下げた。それからもう一度私のところに来て、目線を合わせで言う。
「ごめんね、怖い思いさせて。もう大丈夫だから」
私は張っていた力がふっと抜けるような気がして、泣きそうになりながら、こくんと頷いた。
それから1番前の席に座っている女の人が「どうぞ座って」と席を譲ってくれ、私はその言葉に甘えて座らせてもらうことにした。
前のほうの席はたいていいつも空いていないから、ここに座るのは初めてだった。
目の前のアクリルの壁越しに、想太の頭が見える。いつもと違う距離。顔は見えないのに、すぐ後ろに座っているのだと思うと、なんだか見られているようで緊張する。
満員だったバスもバス停に停まるたびに少しずつ人が減っていき、最後はいつも通り、私だけになった。