三月のバスで待ってる



今日の美術部の授業は、似顔絵だった。「隣の席の生徒の顔を見て似顔絵を描く」というものだ。

「うわ、めんどくせーこういうの」

隣で、悠人がボソッとつぶやくのが聞こえた。なんだか私の顔を描くのが嫌だと言われているみたいでビクビクしてしまう。

「えっと……よろしくお願いします」

「おー」

悠人はぶっきらぼうに答えて、私の顔を鋭い目で睨むように見てくる。

やっぱり、面と向かうと怖い……。

けれど、描き始めると集中して、いつの間にか時間が経つのも忘れていた。

人の似顔絵なんて描くのは、小学生以来だ。昔は単純な線だけでうまく描けた気になっていたけれど、人それぞれ、その人にしかない特徴がある。眉毛や目つきの特徴、鼻筋や首の筋。普段何気なく見ているけれど、そういう細かいことは注意して見ないと気づかないものだ。

「はい、そろそろ終わりねー」

先生の声で、あっという間に30分が過ぎていたことに気づく。

「すげえ集中力」

悠人が驚いたように私を見ている。

「あ……っ、ごめん、つい」

「なんで謝るんだよ。てか櫻井さん、めちゃくちゃ絵上手いな」

「えっ、そうかな?」

「そうだよ、才能あるって」

大げさだよ、と言おうとした時、クラスメイトたちがわらわら集まってきて、わあ、と歓声があがった。

「すごーい!めっちゃ似てる!」

「生き写しだよこれ!」

そんなに!?

予想外の反応に私はたじろぐ。似顔絵くらいでこんなに褒められるとは思わなかった。

「うん。上手く特徴を捉えてるわね」

と先生にまで覗き込んで言う。

「櫻井さんは、絵が好きなのね」

そう言われて、私は驚いた。

ただ授業だから描いただけで、好きとか嫌いだなんて、いままで意識したことがなかったから。

「鈴村くんのは……とても個性的でいいわね」

「個性的」と評価された悠人作の私の似顔絵は、なんだか崩れたピカソみたいなインパクトのある絵だった。


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