三月のバスで待ってる
「ーー深月ちゃん」
ふいに頭の上から呼びかけられて、私はハッと我に返った。
「着いたよ」
「えっ、着いたって、ここ……」
窓の外を見て唖然とした。
そこには、見慣れたいつものバス停があった。いつの間にか、1週してしまったらしい。
私は大変なことに気づいて、慌てて立ち上って頭を下げた。
「す、すみません、お金はちゃんと払いますから……っ」
「お金はいらない」
と想太があっさりと言ってのける。
「えっ?」
「だって、ここから乗ってここに戻ってきたんだから、どこにも移動してないわけだしさ。バスは移動するために乗るものでしょ」
当たり前のように言われて、それもそうか、と一瞬納得しかけたけれど、どこにも行かないならそもそも乗る必要がないわけで、やっぱりそれはダメだ。
「深月ちゃんは、どうしたい?」
質問の意味がよくわからなくて、私は顔をあげた。
想太は目の前にしゃがんで、同じ目線でまっすぐに私を見つめる。この前、チカンから助けてくれた時もそうだった。彼は安心させようとする時、こうするんだ。
「なにか、降りれない理由があったんじゃない?」
同情でも好奇でもない、嘘のないまっすぐな眼差し。
この目の前で嘘はつけない、と思った。
はい、と私は小さく頷いた。
「学校に、行きたくなくて……」
学校に行きたくない、なんて、口にすると、ひどく子どもじみたことを言っているような気になる。
誰にも迷惑かけたくない。心配もされたくない。でも、いまはそれ以上に、学校に行きたくなかった。
「うん」
想太は頷いた。そして私の頭に手を置いて、にっこりと笑う。
「よく言った。よしよし」
大きな手。恥ずかしいけれど、その温もりに安心する。ここにいていいんだと思う。
でも、いつまでも撫でられていると、さすがにいたたまれなくなってくる。
「あの……」
「頑張ったから褒めてるんだよ」
「…………」
完全に子ども扱いされている。子どもだけど。想太から見れば私なんて、小中学生とたいして変わらないお子様だろうけれど。