三月のバスで待ってる
階段を上って、自分の部屋のドアを開けようとした時、ちょうど、隣の部屋のドアか開いた。
部屋から部屋着姿の深香が出てきた。妹の深香は
私の3つ下で、中学2年生だ。
深香は無言で私を睨んだ。忌々しげに歪められたその表情から逃げるように、私はつい目を逸らしてしまう。
隣の部屋なのに、会話はいっさいない。
「おかえり」「ただいま」そんな普通の会話があったのは、いつまでだっただろう。そんなに長い期間ではないはずなのに、もう思い出せないくらい昔のことに思える。
ドアを閉めて、机の前に座って、ふう、と息を吐く。
自分の部屋だけが、唯一、1人になれる場所だった。
でも、家にはいつもお母さんがいる。つねに見張られている気がして、息が詰まりそうになって、これといった用事もないのに外に出る。でも出かけたからといってとくにしなければいけない用事もなく、言い訳みたいに小さな買い物をして早々と家に帰ってくる。
この街に引っ越してきて1週間。どこにいても何をしていても、不安の波が押し寄せてきて、心が休まる時間はなかった。
ただ、バスに乗っている時。その時だけは、誰の目も意識することなく、ほんの少しだけ心が落ち着くのを感じていた。