三月のバスで待ってる
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最後の1ページ目を読み終わって、私はふうっと息を吐いた。息をつくことさえ忘れていたような、長い旅から帰ってきたような。
窓ガラス越しに明るい日差しが差し込んで、無意識に目を細める。
外を見てみると、乗った時と同じ、いつものバス停だった。
顔を出して運転席を覗く。想太はいないようだった。前のほうについているデジタル時計の赤い数字に、私は目を疑った。
「え……12時!?」
信じられない。バスに乗ったのが8時だから、あれから4時間。1周どころか、3周もしてしまったことになる。たくさんの人が乗り降りしたはずだけれど、その音すら完全に耳を遮断しているみたいに何も聴こえなかった。
「すごい集中力だったね」
前のドアから戻って来た想太が、くすくす笑いながら言う。私は複雑な気持ちになる。本を読みだすと集中しすぎて周りが見えなくなってしまう。
それがわかっているから、今まで読むのをやめていたのに。
「別世界には行けた?」
「……はい。かなり遠くまで」
すごくおもしろかった。時間も場所も忘れてその世界に飛び込んでしまうくらいに。架空の国を舞台にしたファンタジーなのに、本当に存在するのかと錯覚するほどリアルな世界観があって、登場人物がすごく生き生きと動いていた。一生懸命悩んだり立ち上がったりする姿に胸を打たれた。
「これね、俺が高校の時に好きだった本なんだ。ちょうど今の深月ちゃんと同じくらいの時に」
「だったら余計に、そんな大事な本をもらえません」
「俺が君に、持っててほしいんだ。ずっと、そうしようと思ってたから」
優しくもどこか有無を言わさないような強さのある言葉。
しかも、ずっとって、どういう意味だろう。
想太は時々よくわからないことを言う。まるでずっと前から私のことを知っていたような言い方。そんなわけないのに。
「……でも、やっぱり、もらってばかりで悪いです。私は何も返せるものがないのに……」
そう、私はいつも彼に助けてもらってばかりだ。それなのに、恩返しのひとつもできていない。
でも、想太はゆっくりと首を振った。
「そんなことない。俺はとっくに、君から大きなものをもらってるよ」
また、よくわからないことを言う。理解できないまま黙っていると、想太が「あ、そうだ」と思い出したように言う。
「ハイ、暇つぶしグッズその2」
「え?」
目の前に掲げられたのは、コンビニの袋だった。
「お腹空いたでしょ。天気いいし、外で食べない?」
天気がいい?
疑いながら窓の外を見ると、さっきまでの雨は止んでいて、空には雨上がりの瑞々しい青色が広がっていた。