三月のバスで待ってる
『学校でも家の庭でもなんでもいいので、自分にとって日常の景色を探してみてください』
あの時、真っ先に思い浮かんだ景色は、家でも学校でもなく、このバス停だった。
白いバス、赤い標識、古ぼけた時刻表、ベンチと三角屋根のある、この小さなバス停。
この場所が、いつからか私の心の安定剤のようにっていた。
『ハイ、忘れ物』
そう言って差し出された大きな手、夏の太陽みたいなさわやかな笑顔。呆れるほど前向きで、その明るさで、たくさんの人に好かれている想太に出会った。
この場所から出発して、街を1周してまたここに戻ってくる。この場所は最初から、私にとって特別だったんだ。
「あの、お願いがあるんですけど……」
私はサンドイッチを食べ終えてから、意を決して言った。
「ん?」
想太が首を傾げて私を見た。
「この場所で、絵を描いてもいいですか」
私は言った。
想太はキョトンとして、それから嬉しそうに満面の笑みを向けた。
「もちろん。この場所は俺のものじゃないし、好きなだけ描いてやってよ。絵に描いてもらえるなんて、きっとコイツも喜ぶよ」
まるでペットの頭を撫でるみたいにベンチをポンポンと叩く想太に、
「なんですか、それ」
と私は思わず吹き出してしまった。
「あ、ひょっとして俺も描いてくれたりする?」
「いえ、バスだけで大丈夫です」
「そうか、残念だなあ。かっこよく描いてもらおうと思ったのに」
笑いながら、明るい光に照らされたこの時間がずっと続けばいい、と思った。
そんなの無理に決まっているけれど、できるだけ長く終わらないでいてほしい。そう願っていた。