三月のバスで待ってる
◯
「ーーちゃん」
誰かの呼ぶ声に、私はうっすらと目を開ける。
「深月ちゃん、起きて、着いたよ」
「……っ!」
ハッとして一気に目が覚めた。目の前には屈んで覗き込む想太の顔。
ち、近い……っ!
「あ、起きた。おはよ」
と言ってにっこり笑う。
「お、はようございます」
化学の問題集を眺めながら、いつの間にか眠ってしまっていた。
誰もいない静かなバスの中で、私と想太の2人だけ。妙にそのことを気にしてしまうのは、単純に、距離が近すぎるからだ。
「あの……ち、近いです」
「ああ、ごめんごめん」
起こしてもらっておいて失礼なことを言う私に、口では謝りながら顔は笑っている想太。こっちの動揺なんて、まるでお構いなしだ。
「勉強?ああ、もうすぐテストの時期か」
想太が私の膝の上で開いている化学の教科書を見て言った。
「あ、はい、化学が苦手で……」
一番苦手な科目を克服しようと、教科書や問題集に目を通すものの、難解な暗号のような化学式を眺めているうちに、だんだんうとうとしてしまう。
テストに向けて毎晩遅くまで勉強しているのに、いっこうにわかるようにならない。