三月のバスで待ってる
お姉さんたちと一緒に見惚れていると、想太が私に気づいて、「深月ちゃん」とにこやかに手を振った。その爽やかさに、思わず立ちくらみがした。
「おはよう」
「お、おはようございます」
そう答える横で、受付のお姉さんたちの囁く声が聞こえてくる。
「彼女かな?」「若くない?」「いや、どう見ても妹だよね」……
予想はしていたけれど、やっぱり妹に見えるんだ。まあ、そのほうが目立たなくていいかもしれなあ。
それに、私は教えてもらう身なのだから、緊張なんてしている場合ではないのだ。
「行こうか」
「は、はいっ」
図書館の中は私語禁止なので、2階の休憩スペースを使うことにした。
自販機でお茶を買って、丸い机の上に教科書と問題集を広げる。
「これはこの前の問題の応用でーー」
想太の解説を聞きながら、私は一言も洩らさないように素早くノートに書き留める。
学校の先生よりもずっとわかりやすい説明に、すごいな、と改めて感心してしまう。
何年も前に卒業した高校の内容を覚えている記憶力にも驚かされるけれど、それ以前に、ただ覚えているだけじゃなく、きちんと理解しているからここまでわかりやすく教えられるのだろう。
「じゃ、次はこの問題やってみようか」
「う……」
想太の指先の問題を見て、私は思わず顔を引きつらせた。私の中では充分難問レベルの問題だ。
シャーペンを持ったまま固まっていると、目の前の想太がふっと笑うのがわかった。
「大丈夫。記号が多いから難しく見えるけど、さっきの問題と考え方は同じだから」
私は気を取り直して、さっき解けた問題と同じように化学式を書いていく。落ち着いて考えてみると、バラバラだった記号が驚くほどすんなり繋がった。
「できたっ!」
嬉しさのあまり、思わず立ち上がって叫んでしまった。
前を通り過ぎようとしていた人がビクッと立ち止まるのを見て、しまった、と口をつぐむ。休憩室とはいえ、ここが図書館の中。
『ほかの人の迷惑にならないよう、静かに過ごしましょう』と立て札まである。
「……すみません」
小さく言って、座り直した。