三月のバスで待ってる
6.『雨の温度』
翌週から始まったテストは、驚くほどよくできた。
苦手科目はわからないまま放置して諦めていたけれど、理解できるだけでこんなにも変わるんだと驚いた。
「櫻井、よく頑張ったな」
テスト返却の時、加納先生に褒められて、はい、と照れながら受け取る。
「この前の20点と比べるとえらい違いだなー」
わははと脳天気に笑いながら、クラスメイトの前で知られたくない個人情報を勝手に暴露する先生。
ーーデリカシーとかないのか、この人。
心の中で思いつく限りの愚痴を吐きつつ、受け取ったテスト用紙を眺めていると、頑張ったと自分を褒めたくなる。
どうしようもなく苦手で、理解なんてできないと諦めていた科目を、少しでも克服できたこと。
でも、自分だけじゃ無理だった。
言いたいと思った。いま、ありがとうって。
きっと、喜んでくれるだろう。すごいじゃん、と満面の笑顔で。
ついそんな妄想が膨らんでしまい、でもすぐに萎んでしまう。
現実は、そんな和やかなやりとりとはほど遠かった。
ーー私、想太さんが好きだ。
そう気づいてから、まともに顔を見て話はなくなってしまった。
意識すればするほど、何もできなくなる。
想太は優しいから、困っていたり具合が悪そうな人を見ると放っておけないのだろうけれど、それはきっと私が彼に向ける気持ちとは違う。
彼の隣には、中村先生みたいな大人の女の人のほうがずっと似合う。
休み時間、廊下を歩いていると、
「ねえねえ、土曜日遊園地行こうよ。テスト終わったことだし」
女の子が男の子の手に腕を絡ませて甘い声で言うのが聞こえた。男の子は楽しそうに「おーいいね」なんて笑って答えている。
いいなあ、とその横を通り過ぎながら思った。
好きな人の前で自分を可愛く見せたり、素直に甘えたりできる女の子を見ると、すごいな、と思う。
私には一生かかってもそんなことはできないだろう。
ーーこんな時、杏奈ならなんて言うかな。
歳の差なんか気にしない!頑張れ!って、元気づけてくれる気がした。
……なんて、そんなこと、あるはずないのに。
ふと我に返って、自嘲的な笑みが洩れた。
バカだ、私。
自分から突き放したくせに、まだ友達でいたいと思っているなんて。