三月のバスで待ってる
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バスを降りてから家までの途中に、小さな公園がある。ブランコと滑り台がぽつんとある、人のいない公園。
その真ん中に、大きな銀杏の木が立っている。ついこの間までそれが銀杏だと気づきもしなかったけれど、いまは薄いオレンジ色の夕焼け空に鮮やかな黄色が広がって、美しさに思わず見惚れた。
ーーああ、もう秋なんだ。
いま初めて気づいたみたいに、ふとそう思った。
引っ越してきた時は、まだ夏だった。8月の半ば、夏休みの真ん中に、私たち家族は何かから逃げるようにこの街に戻ってきた。
戻ってきたといっても、昔住んでいたところとは違う場所だ。だから知り合いは誰もいない。
まるで知らない街みたいだった。家にいづらくて、でもどこにも行きたい場所なんかなくて、用もないのに何度もバスに乗って街に出かけた。バスに乗っている間だけは、誰の視線も気にしなくてよかった。
でもそんなのは、ほんの一瞬の気休めにしかならなくて。
毎日が息苦しくて、でもどうしようもなくて足掻いていた。
そんな時、想太に出会った。
忘れ物を届けてくれた大きな手。太陽みたいに眩しい笑顔に、心がじんと熱くなるのを感じた。
それから少しずつ彼のことを知っていって、彼がみんなから好かれているのを知った。
そして気づけば、私も彼のことを好きになっていた。
どこにも行くところがなかった私に、居場所をくれた人。
ここにいていいよと優しく受け入れてくれた人。
無性に想太に会いたくなった。いますぐにでもあの笑顔が見たくなった。
引き返したくなるけれど、バスはもう行ってしまっただろう。
『バイバイ、深月ちゃん。テストどうだった?』
バスを降りる時、いつものように想太は笑顔で声をかけてくれたのに、私は用意していたお礼も言えずに、ぺこりと頭を下げただけで逃げてきてしまった。
ただ目を合わせられず、うまく話せる自信がなくてついそうしてしまうのだけれど、こんな態度じゃ話したくないと言っているようにしか見えないだろう。
ーー違うのに。話したいのに。どうしてうまくできないんだろう。
今日こそ話そう、せめて挨拶だけでもちゃんとしよう、と思っているうちに1日が終わって、明日もきっとまた同じことを繰り返すのだ。