三月のバスで待ってる
「深月ちゃん?」
ふいに、頭上から声が降ってきた。雨の音に少しも紛れることのない、私の好きな声。いちばん聞きたかった、想太の声。
聞きたかったはずなのに、気持ちは全然浮かびあがってこない。
何も言えないまま、うつむいてじっとしていると、想太が腰をかがめて覗き込む。
「……どうしたの?何かあった?」
「…………」
家に帰れない、なんて言えなかった。でも、こんな顔でここにいたら、きっとまた迷惑をかけてしまう。
やっぱり、帰ろう。帰らなきゃ。
「すみません、大丈夫です。傘を忘れちゃって、あの、傘貸してもらえたりしますか?」
精一杯の普通を装ってそう言ってみた。
ーーなのに。
「本当に?」
想太が私の腕を掴んで、まっすぐに見つめて言う。
「大丈夫じゃないから、ここに来たんじゃないの?」
ハッとした。私が大丈夫と言う時、それはたいてい、大丈夫じゃない時だ。大丈夫だから、そう言っておけば放っておいてもらえると思って、いつからか辛い時に口癖のようにそう言うようになってしまった。
でも、想太の前でそんな嘘つけないのもわかっていた。ついたとしても、きっと私のヘタな嘘なんてすぐに見抜かれてしまう。
「俺のことなら心配しなくていいよ。今日は早番で、これから回送にして帰るだけだから」
「そうなんですか」
それを聞いて、仕事の邪魔をしているわけじゃないとわかって少しホッとした。
「うん、だからーー」
腕を掴んでいた想太の手が一瞬離れて、今度は手に繋がれた。彼の手の温もりが冷えきった私の手に伝わって、徐々に温度を取り戻していく。
「ここは寒いから、とりあえず中に入ろう。よかったら、何があったか話してくれる?」
落ち着いた優しい声に、私は泣きそうになりながら、こくんと頷いた。