三月のバスで待ってる
絶え間なく流れる雨の音。外はもう真っ暗で、お互いの顔はほとんど見えなくなっていた。
話し終えた時、ふ、と、私の体を大きな2つの腕が包んだ。ふわりと優しく、でもその腕は、小さく震えていた。
「……辛かったね」
想太は泣いていた。
えっ、と私は驚いた。どうして彼が泣いているのだろう。
「よく、ここまで頑張った」
「…………っ」
あれ以来、辛かったね、大変だったね、その言葉を何度も聞いた。
でも、その言葉のどれもが表面だけの、心がこもっていない言葉のように聞こえた。
何も知らないくせにどうしてそんなことが言えるんだろう。
そう捻くれたことを思ってしまっていた。
でも、この人は違う。
両手にこもる力に、それが表面だけの言葉でないことがわかる。
でも、私は、
「……私、全然、頑張ってないです」
そう、私は、いつも逃げてばかりだった。
周囲の視線から逃げてこの街に戻ってきたのに、何も変われなかった。嫌なことがあるとすぐに逃げて、落ち込んで、人に迷惑んかけてばかりだ。
「それは違うよ」
と想太は言った。
「迷惑をかけてもいい。誰にも迷惑をかけずに生きてる人なんて、この世界に1人もいないよ。それに、自分が迷惑だと思うことが、相手にとっても迷惑かどうかなんてわかららない。だから、頼っていいんだ。何度でも、忙しい時でもーー」
私を抱きしめる想太の腕に、力がこもる。
深月ちゃん、と想太は言った。
「辛かったら、逃げでもいい。無理に現実に向き合おうとしなくていいんだ。誰かに頼ればいいし、頼りたくなければ頼らなくていい。ただ、君が生きていてくれたらいい。何があっても、そばにいるから。君が危険な時は、すぐに駆けつける。僕はいつでも、君の見方だから」
優しく、力強いその言葉を聞いていたら、涙があふれた。熱い涙が、頬を伝って首筋に落ちた。
何があってもそばにいる。なんて温かい言葉だろう。どうして彼の言葉はこんなにもまっすぐに響くんだろう。
どうして、ここまでしてくれるんだろう。
わからないけれど、不思議とその言葉を素直に受け入れることができた。
雨音に包まれる暗いバスの中。
私は想太の腕の中で、静かに涙を流していた。