三月のバスで待ってる
ふと、車が近くを通る音が聞こえた。
途端にすごく大胆なことをしていることに気づいて、パッと手を離した。
「す、すみません」
「ーー俺ね」
想太は構わずに言った。
「昔、ある女の子に助けてもらったことがある」
そのまっすぐな瞳にドキリとする。
「女の子?」
うん、と彼は懐かしそうに目を細めて頷く。
「俺も昔、いじめられてたんだ。勉強ばかりしていて、人と話すのが苦手だったから」
「想太さんが?」
驚いてつい聞き返した。想太がいじめられていたということも、人と話すのが苦手だったというのも、今の彼からは想像がつかない。
「学校にも家にもどこにも居場所がなかった。毎日辛くて、生きている意味がわからなくて、死にたいと思った。そんな時、ある女の子に助けられたんだ。すごく感謝してる。その子がいなかったら、俺はいま、ここにいないかもしれない」
ドクン、とまた胸を打つ。
初めて聞く想太の過去。死にたくなるほど思い詰めていた彼を、救ってくれた人ーー。
「そうなった時、思ったんだ。自分はどうして勉強ばかりしているんだろうって。親のため、いい成績をとったら親が喜ぶから、なんの疑問を思わなかったことに、初めて疑問を持った。ずっとそれが当たり前だと思ってた。でも勉強は、自分のしたいことじゃなかった。勉強よりも、人のためになるようなことがしたかった。あの時、俺を暗闇から救ってくれたその女の子みたいに」