三月のバスで待ってる
教室に入って、女子グループのところに向かう。
杏奈が真っ先に気づいて、「深月」と驚いたように言った。
「ごめんね、ひどいこと言って」
私は言った。
私といると杏奈まで悪く言われてしまうから、わざとひどいことを言って遠ざけた。
でも、一緒にいなくても言われるのなら、一緒にいて言われるほうがずっといいと思った。
「ほんとはね、知ってたんだ。杏奈が私と一緒にいてくれたのは、先生に頼まれたからだけじゃないって。最初はそうだったかもしれないけど、それだけじゃないって、1ヶ月毎日一緒にいたから、わかってた。なのにあんなひどいこと言って、ごめんなさい」
『そんなことされても迷惑だから』
心にもない言葉で傷つけてしまった。
謝っても許してもらえないかもしれない。
でも、言わなきゃ。ありがとう、嬉しかった、その気持ちが伝わるように、嘘がないように、今度こそちゃんと伝えたいと思った。
「深月……」
杏奈の目がみるみる大きくなって、涙が浮かぶ。
私も泣きそうになりながら、言葉を止めることはできなかった。言うなら、いましかない。
「あと、私、自殺未遂なんてしてないから」
「えっ?」
これにはさすがにみんなびっくりしたようで、動揺するのがわかる。でもそんなの気にしない。いまは気にしていられない。
事故だったの、と私は言った。鼓動が早くなり、手にじわりと汗がにじむ。その手をギュッと握りしめて、私は続けた。
「勝手に自殺未遂にされて、その後いじめが公になって噂が広まったけど、本当は事故だったの。でも、私自身噂に流されて、そうかもしれない、本当は死のうとしていたのかもしれない、そう思ってた。でも、そうじゃなかった。私はあの時、死のうなんて思っていなかった。ただふらふら歩いてて踏切の音が聞こえなかったっていう、間抜けな話なの。それなのに否定する間もなく噂が広がって……」
問題が表に出たおかげで、私をいじめていたクラスメイトたちは停学になり、いじめは治った。でも今度は、みんなから腫れ物を触るような痛々しい目で見られるようになった。
気づけば私まで、そう錯覚していた。周りだけじゃなく自分まで噂に騙されて振り回されるなんて、バカみたいだ。自分が一番、自分をわかっているはずなのに。
「だから、私は……っ」
「深月、わかった、もう、わかったから」
杏奈が慌てて私を落ち着かせようとする。
「ずっと、違うって言いたかった。本当の言葉を聞いてほしかった」
言ったところで何も変わらないと思っていた。意味がないと思っていた。だけど、大事なのは、言いたいことを言うこと。変わるかどうか、意味があるかどうかは、その後考えればいい。
うん、と杏奈は頷いて、私の手をとった。
「辛いことを、話してくれてありがとう」
涙を浮かべながらそう言う彼女に、本当のことを話してよかった、間違いじゃななかった、と心から思えた。
「やるじゃん櫻井さん」
いつの間にか後ろにいた悠人が笑って言って、杏奈がぺしんと頭を叩く。
「なんであんたが偉そうなのよ!」
「いって」
2人の様子に、あはは、とクラスメイトが堪えきれないように笑いだす。