三月のバスで待ってる
「……あの、櫻井さん」
メガネをかけた長い髪の女の子が、遠慮がちに手をあげた。
「私ね、小学校の時、じつは櫻井さんと同じ学校で、1年だけ同じクラスだったんだ」
「ええっ」
びっくりして、まじまじと彼女を見た。
昔住んでいたところは、同じ街とはいえかなり離れている。この学校で、まさか昔の同級生に会うとは思わなかった。
杏奈やほかの女子たちも初耳のようで、「そうなの?」と目を丸くしている。
「あ、昔は髪短かったし、メガネもかけてなかったからわからないかもだけど……」
小学校の頃の記憶をたぐり寄せる。
髪が短くて、メガネをかけていなくてーー
「あっ」
そうだ、思い出した。とくべつ仲がよかったわけじゃないけれど、転校する前に渡してくれた手紙がすごくかわいかったのを覚えている。
『また会えるといいね』という言葉も嬉しかった。
「……もしかして、小西さん?」
「そう!よかった、覚えててくれたんだ」
「うん、手紙、嬉しかったから」
「私も、また会えて嬉しい」
印象は変わったけれど、照れた時の笑い方は、最後の日に手紙をくれた時と同じで、私も笑った。
「もうー、そういうことはもっと早く言いなよね」
杏奈が冷やかすように言って、小西さんが照れたように肩をすくめる。
「なんか、言っていいのかわからなくて、タイミング見失っちゃって」
「まあ、タイミングは大事だよねー」
彼女が私に声をかけられなかったのは、噂を気にしてだと思う。
でももう、前みたいに卑屈な気持ちにはならなかった。噂を知っているのに、それでも名乗り出てくれたことが、嬉しかった。
加納先生が入ってきて、「HRはじめるぞー」と面倒くさそうに言う。
みんなが席に戻っていく中、杏奈が近づいてきて、こっそり耳打ちした。
「あのやる気ない先生に頼まれて、はいわかりましたって素直に聞くと思う?」
「え?」
「ほんと言うとね、鈴村の隣の女の子、どんな子かなって気になってたの。かわいくていい子だったらどうしようって」
「そうだったんだ」
それをわざわざ打ち明けるところも彼女らしいな、と私はつい笑ってしまった。
「思った通り深月はかわいくていい子だったけど、でもそんなのどうでもよくて、気づいたら深月のこと、普通に大好きになってた」
「うん……私も、杏奈のこと大好き」
私は照れながら返す。
「おーいそこの2人、取り込み中のところ悪いが席につけー」
痺れを切らした先生の言葉に弾かれるように、私たちは「はいっ」と同時に返事をして席についた。