三月のバスで待ってる
「ごめんなさいっ!」
私はガバッと頭を下げた。
「あの、私、最近引っ越してきたばかりで、早くこの街に慣れようと思って、朝バスに乗って学校に行く練習をしたり、街に出かけたりして、あの、ご迷惑でしたらもう二度としませんので……」
とっさに早口で言い訳をまくし立てる。
「迷惑?」
彼は不思議そうに首を傾げて、それから今度は、あはは、と笑い出した。
「変なこと言うなあ。バスに乗るのに理由なんていらないよ。ちゃんとお金を払ってるんだから、好きなだけ乗ればいい。満員でもとくに行きたい場所がなくても、誰も怒ったりしないよ。まあ、このバスが満員になることは滅多にないけどね」
そうじゃなくて、と彼は言った。
「ありがとうって、言いたかったんだ」
「え……?」
「何度も利用してくれるってことは、またこのバスに乗りたいと思ってくれたってことだろ。必要としてもらえて嬉しかった、のありがとう」
「はあ……」
お礼を言われるなんて、思ってもみなかった。
ポカンと見つめる私をよそに、彼はうーん、と気持ちよさそうに伸びをした。
「1日の中でこの時間が1番好きなんだ」
思わず気が抜けるような呑気な笑顔。なんの曇りもないその笑顔がまぶしくて、うっすらと消えかけていた卑屈な心がまた戻ってくる。
「……私は、この時間が1番嫌いです」
ポツリとつぶやいた瞬間、すぐさまその言葉を取り消したくなった。
どうして知らない人に弱音なんて吐いているんだろう。
こんなこと言ったって、なんにもならないのに。