三月のバスで待ってる
「ふふ、呼んじゃった」
いつの間にいたのか、中村先生が想太の後ろから顔を出してイタズラっぽく笑う。
「見てほしいものがあるから、仕事が終わったら急いで来なさいって言っておいたの。今日なら会社の制服でも目立たないからって」
「まったく、強引だよなあ」
想太が呆れたように苦笑する。
それから私のほうを向いて、
「この前言いそびれたけど、中村先生は、俺の高校時代の恩師だよ。昔、俺が通ってた学校で美術教えてたの」
「え?」
思いもよらない言葉に、私は目を見張った。
中村先生は想太と同じ年か、少し上くらいだと思っていた、けれど。
想太の先生……?
キョロキョロ2人を交互に見ていると、想太がぷっと吹き出した。
「この人、若作りしてるけど、俺の一回り上だからね」
「ええっ」
想太の10こ上ってことは、30代後半。
み、見えない……。
「ちょっと、若作りとはなによ。生徒には年齢不詳で通ってるんだから」
「そろそろ正直になろうよ先生」
「何言ってるの。女はいつまでも若々しくいたいものなのよ」
和やかに笑い合う2人はどう見たって恋人同士みたいに見えるけれど、先生と生徒だったなんて。
「高校卒業以来顔を見ていなかったから、どうしてるかなあって気になっていたのよね。そうしたら、櫻井さんが描いたバス停の絵に、三住くんに似た感じの人が描いてあってね。その時は確信がなかったんだけど、この間図書館で会った時に話を訊いて、やっぱりって」
「そ、そうだったんですか……」
ふふ、と少し笑みを浮かべた目線を送られて、私は顔が熱くなるのがわかる。勝手に勘違いして逃げたりして、恥ずかしい。
「三住くんに、ぜひこの絵を見てほしいと思ったの。できれば一番絵が映える、この状態でね。このバス停が櫻井さんに身近で大切な場所だっていう思いがよく伝わる、とってもいい絵だから」
中村先生は嬉しそうに目を細めて絵を見上げて、それから私を見た。
「櫻井さんは、かわいい生徒よ。私にとってはみんなそう。三住くんも、もうとっくに卒業して立派な大人になっちゃったけど、親にとって子どもがずっと子どもなように、教師にとってずっと生徒は生徒なのよ。年齢関係なくね」
だから、と今度は想太に目を向ける。
「私はかわいい生徒たちの未来が明るくなるように応援するわ」
「え?」
私たちの未来?
意味ありげににっこりと微笑む中村先生に、想太が苦笑する。
「相変わらずお節介……。でも、まあ、そういうとこが生徒に慕われるんだよなあ」
私はよく意味がわからず首を傾げる。なんだかひとりだけ置いてきぼりをくらっているみたい。
大人はみんな大人だと思っていた。そんなわけないのに。
こうして並んでいるところを見ると、若くてきれいな中村先生は、想太よりもしっかりとした大人の貫禄を感じる。
逆に想太は、いつもの落ち着いた雰囲気を崩し、なんだか高校生に戻ったみたいだ。