三月のバスで待ってる

「さあ、じゃあ先生はこれで失礼するわね」

「えっ!?」

急に立ち去ろうとする中村先生に、待ってと言いたくなる。こんな不意打ちで2人になったりしたらーー

「後夜祭、もうすぐはじまるみたいよ。せっかくだし参加してきたら?」

中村先生はそう言い残し、颯爽と手を振って去って行った。

「ほんと、相変わらずだなあ」

懐かしそうに笑う想太の横で、私はもう一緒に笑える余裕なんて、全然なかった。

外はだんだん薄暗くなってきて、後夜祭の準備が進んでいるだろう。でもここまでは音が届かない。

しん、と音のない美術室。静かだと思うのと同時に、心臓の音が早くなる。


もし学校で会えたら。
もし想太が教室にいたら。
何度も考えたことだ。
でも、そんなの、あり得ないと思っていた。
でも、叶った。
明日からはまた、日常に戻ってしまう。
でも、今日だけはーー


「今日の深月ちゃん、すごくかわいい」

と、想太が唐突にそんなことを言った。

「えっ?」

思いもよらない言葉に、声が上ずる。

そういえば、まだこの服着たままだったんだ、と思い出して、みるみる顔が熱くなった。

ーーかわいい?本当に?似合ってないの間違いじゃなくて?

想太は頭を掻きながら言う。

「いや、いつもかわいいけど、今日はなんていうか、ふわふわしてて妖精みたいで……なんか、うまく言えないけど、すごくかわいい」

「あ、ありがとうございます……」

私はごにょごにょと言ってうつむいた。いま、自分がどんな顔をしているのかわからないけれど、まともじゃないのは確かだ。

でも、よかった。肩出しすぎじゃないかな、ふわふわの袖とか、レースとか似合わないんじゃないかな。そう思っていたのに、想太のそのひとことだけで、さっき言おうとしていたことも吹き飛ばして舞い上がってしまう私は、すごく単純だ。

その時、窓の外で、ドン、と大きな音がした。歓声と、夕焼け空に浮かぶ鮮やかな光。

「俺たちも行こうか」

と手を差し出した。

「は、はいっ」

私は思わずその手をとっていた。

大きくて温かいその手が、連れて行ってくれる気がした。

日常から、非日常の世界へ。

光のある場所へ、行ける気がしたんだ。



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