三月のバスで待ってる
8.『街の灯り』
12月に入って一気に気温が低くなり、それに合わせるようにして私は風邪をひいた。
鼻水が出るし、喉もちょっと痛い。でも休むほどではないと、分厚いコートを羽織り、マスクをしていつもの時間に家を出た。
バス停までの距離がいつもよりきつい。息切れしながら、ようやくたどり着くころにはヘトヘトだった。
「おはよう、深月ちゃん」
「……おはようございます」
いつも通りにこやかな笑顔で言う想太の横を通り過ぎて、後ろの座席に座り込む。
バスが動きだし、窓に頭を預けてぼうっと流れる景色を眺める。住宅街を抜けて、橋を渡って、人の多い通りを通って、その先に学校。いつも通りの光景。
そこに行って1日を過ごすことを考えると、体がもっと重くなったように感じる。
マイク越しの想太の声が聞こえた。学校に着いたのだ。
重い体を持ち上げてゆっくりと立ち上がる。切符を通そうとした手が空気を擦り抜けた。
「ーー深月ちゃん?」
そう呼ばれて、腕を掴まれた。体に力が入らず、ガクンと揺れる。
「大丈夫!?」
想太が立ち上がって、
「ごめんね、ちょっといい?」
「ーー!?!?」
私を軽々と抱き上げ、すみません、と頭を下げながら客席を通って後ろの席に行く。
キャーッと想太のファンらしいおばさんたちの黄色い声があがる。
「想太くんカッコいい!」
「あたしも想太くんに抱っこされたいわぁ」
うずくまりたいくらい恥ずかしい。でも、とっさに動いてくれた想太の優しさが嬉しかった。
「熱があるね」
後の席に下ろすなり、想太は私のおでこに手を当てて言う。
「ちょっと待ってて!」
と前に行き、なにかを持って走ってきた。
「あ、あのこれ」
「ごめんね。送って行きたいけど、できないから。でもここで下ろすわけにもいかないから、これしてて」
渡されたのは、冷えピタとマスクだった。なんでこんな完璧な病人セットがバスに!?
「……ありがとうございます」
戸惑いながら小さくそう言うと、ポンポンと頭を撫でられる。ちょっとは人目を気にしてほしい。
「待ってて。俺が、ちゃんと家まで送り届けるから」
「……っ」
耳元で囁かれて、顔がもっと熱くなった。
「いいわぁ」
「あたしも看病されたいわぁ」
と羨望に満ちたおばさんたちの声を聞きながら、私は寝たふりをする。
……鼓動が速すぎて、寝れるはずなんてなかったけれど。