三月のバスで待ってる

冷たい風が吹き、私はマフラーに顔を埋めた。
バス停が近づいてくるにつれて、だんだん緊張してくる。
どんな顔で想太に会えばいいのかわからない。
普通にできればいいけれど、できる自信がない。
まず昨日のお礼を言って、それからお菓子を渡して、それから……
とあれこれ考えているうちに、バス停に着いた。
あれ?と違和感を覚えた。
いつもなら、わざわざ運転席から降りてきてまで「おはよう」と声が聞こえるのに、今日はなかった。
そのかわりに、運転席側のドアのところに女の人がいた。バス停の脇には、その女の人のものと思われる高級そうな赤い車が停まっている。
なんだろうと私はその光景を見つめる。どこか様子がおかしかった。
話の内容はわからないけれど、女の人は怒っているみたいだった。その奥の運転席にチラリと見えた想太は、ひどく苦しそうな顔をしている。
その顔を見た途端、胸の奥がざわりと揺れた。
ーーなんだろう、この感じ。
わからないけれど、すごく、嫌な予感がする。
私は入るに入れず、ベンチに座ってじっと待つ。
しばらくして、女の人が出てきた。サングラスをかけて、いかにも高そうなコートに身を包んだ人。
彼女はベンチに座る私には目もくれず、さっさと車に乗り込んで去っていった。
呆然とその先を見ていると、想太がバスから降りてきた。
「おはよう。ごめんね、ちょっとゴタゴタしてて」
「あ……はい」
見あげたその顔には、さっきの苦しそうな表情はどこにもなく、いつもの笑顔が浮かんでいた。
「風邪はもう大丈夫?」
「はい、おかげさまで……あ、あのこれ、母からお礼にって」
「えっ、いいのにそんなの。でもありがとう。あ、ここのクッキー大好き」
子どもみたいに目を丸くして喜ぶ想太を見つめながら、私は胸が苦しくなった。
無理して笑っている気がしたから。
苦しんでいるなら、私が助けたいと思う。
いつも私が彼に助けてもらっているみたいに、なにか。
ーーたとえお節介と言われようと、そうしたいんだ。
彼は前にそう言ってくれた。
大事だから、助けたい。力になりたい。
なのに、何もできないことが苦しい。
私は彼のことを、なにもわかっていなかったんだ。
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