ラヴシークレットルーム Ⅱ お医者さんの彼との未来


「待て!さっき、看護師の腕を掴もうとした時、キミは左手に力に入らなかっただろ?キミの怪我はただ皮膚を切っているだけじゃない。指を動かすのに必要な屈筋腱やもしかしたら血管まで切れているかもしれない・・悪いことは言わない。今ここから逃げるな!」


私はその声が聞こえてきたと同時に
ベビーカーの押していた右腕をかなり力強く掴まれた。


『もう、放してください!お医者さんなら、誰だって切れているモノを、縫うことができるんでしょ?だから、アナタじゃなくてもいいんです!放して!!!』

掴まれている右腕を激しく振りながらそう叫んだ私。
それでも、私の右腕が解放されることはなかった。


「問診表の内容からみても、怪我した部位がよくない。“no man’s land”という部位、誰も踏み入れられない場所というような意味でそう呼ばれているぐらい、指を動かす屈筋腱の構造が複雑に構成している部位なんだ・・・・だからどんなドクターでも簡単に治せるわけじゃない。」


さっきまでの人をおちょくるような口調から一変して
至って真剣で丁寧な口ぶりになった・・・森村という医師。

しかも、その医師は私の左手に触れていないのに、瞬時に診断を下した。

でも
クッキンケンとか“no man’s land”とか、そんな専門的なことを言われても全然わかんないし

それに人の第一印象は
しかも悪印象というのは
そうも簡単にいい印象に変わったりはしない

そうも簡単に悪印象を抱いている相手を信用することなんてできない


『もう、ほっといて下さい!』


私は再び掴まれている自分の右手を振りほどこうとした。



でも、


「矢野先生がいない今、キミの手を完璧に治せるのは半径10km以内では俺しかいない!俺が完璧に治してやる!」


更に強い力で掴まれた。



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