ストロベリーキャンドル
「これ、なに?」
緑色の紙に見える。
黙って差し出すから、私も黙って受け取る。
紙を開いて見た瞬間、息が止まりそうになった。
仁の字で、仁の名前や、住所などが記載されている。
名前の横には判が押されていた。
「な、に……これ」
「そういうこと。サインしといて」
「な、なんでっ?」
ガタっと立ち上がって仁に詰め寄る。
仁はうっとおしそうに顔をしかめる。
私の心臓はバクバクと音を立てて鳴っていて、
破裂するんじゃないかってくらい、うるさかった。
「じ、仁。これは、書けないよ」
「なんで」
「だってこれ、……離婚届じゃない」
紙切れをきゅっと握る。
握った部分からしわになっていった。
仁は冷ややかな目でそれを見つめると、
静かに立ち上がった。
「出すタイミングはあんたの好きにしな。
でも、そういうことだからさ。
出て行く準備もしといてよ」
「仁!こんなのあんまりよ!」
「うるさいな。俺の勝手だろう。
記憶のない俺にいつまでもしがみついて、バカかよ」
「仁!」
バタン、と仁の自室の扉が閉まる。
一人リビングに取り残された私は、その緑色の紙を見つめた。
本当に、仁の名前が書いてある。
紛れもない、仁の字で。
私がここに名前を書いて判を押したら、
もう終わり?
私たちは、赤の他人になってしまうの?
こんな、紙切れ1枚で。