ストロベリーキャンドル
「ええ。自分には結婚している人がいる。
でも、その人のことがまるで分からない。
どうして結婚したのかも、
その人がこんな自分を好きな理由も、何も分からなくて辛いと。
その人の優しさが痛いほど分かるから、逆に辛いんだと。
このままでいると、その人を大きく傷つけてしまいそうだ。
その人には、幸せになってほしい。
そう考えると、自分はその人と一緒にいないほうがいいんじゃないか。
だから、離れることにしたんだ、と私に報告に来たのです」
仁が、私の話をしにきた?
いつも迷惑そうな顔で私を見つめ、冷たい言葉を放っていた仁だったけれど、
それは私のため?
私が傷付かないですむように、
自分から離れようとしていたの?
「私は、申し訳ないですが、ご主人の気持ちを尊重して、
それもいいのかもしれないですねと言いました。
私のせいですね、申し訳ないことをしました」
「い、いえ……いいんです」
「ですが、こうも言いました。今のあなたには、
理解して支えてくれるパートナーがいないといけないと。
ご主人なりにそこも考えて、
それでも離れることが望ましいと思ったのでしょう」
「私は、どうすればいいのでしょうか。
離れないでと喚けばいいのでしょうか。
黙ってサインしたほうがいいのでしょうか」
先生にこんなことを言っても仕方ないのは分かっている。
でも、問わずにはいられなかった。
先生は困ったように笑うと、コホンと一つ咳をした。