【最新版】異世界ニコニコ料理番~トリップしたのでお弁当屋を開店します~
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『ねえ、お母さん。なんで〝ニコニコ弁当〟なの?』
『人間、おいしいもん食べると元気になれるもんなんだよ。だから、今日も一日頑張れってエールも込めて、〝ニコニコ弁当〟なんだ』
記憶の中のお母さんは口癖のようにそう言って、幼い私を乗せたランチワゴンからお弁当をお客さんに差し出す。
その中身はコーンや塩、ブラックペッパーとよく混ぜ合わせたご飯に生姜焼きやレタス、玉ねぎ、パプリカが挟まれている握らないおにぎり──『おにぎらず』だ。
外側は海苔に包まれているが、二等分してあるので豊富な具材が顔を出し、サンドイッチのように見える。
『ご飯はお腹だけじゃなくて、心も満腹にしてくれるからね。だから雪、つらいときこそなにかを食べて、おいしいって笑いな。人生一度きりなんだ。くよくよして、俯いてばっかいたら、損だよ!』
***
「お母さん……」
雨の降る夜、私──野花雪(のばな ゆき)は部屋の隅で膝を抱えるように座っていた。
父がガンで他界してから、私を女手ひとつで育ててくれたお母さんが数日前に事故死した。
警察の話では、よそ見運転でガードレールに衝突したのだろうとのことだった。
原因は日々朝から晩までランチワゴンで働いていたため、過労で意識がなくなったか、注意力が散漫したかのどちらかではないかと説明された。
私のお母さん──野花ジゼル、享年五十歳。死ぬにはあまりにも早すぎる。
今日はお葬式で、ついさっき家に帰ってきたばかりなのだが、制服から着替える気力もわかずに動けないでいた。
「こんなものだけ遺されても、嬉しくないよ……」
私の腕の中にある分厚い本のようなレシピ。これは事故で半壊し、火まで上がったランチワゴンから奇跡的に見つかったお母さんの遺品だ。
表紙には金箔のようなもので、花時計の絵が描かれている。お母さんらしくない、かわいらしいデザインだ。
ページを開いてみると、ところどころ焼けているし、煤で汚れているものの中はちゃんと読めた。
これはお母さんの手書きのレシピで、二十歳になったら譲られるはずだったのだが、二年も早く私の手元にきてしまった。
「将来は一緒にランチワゴンで働こうねって、約束したのに……お母さんの嘘つき」
ぽたぽたと涙がレシピの上に落ち、お母さんの手書きの文字やイラストを滲ませていく。
そんなとき、お母さんの声が頭の中で響く。
『人生一度きりなんだ。くよくよして、俯いてばっかいたら、損だよ!』
震える唇の隙間からもれ出る嗚咽を閉じ込めるように、私は口を閉じる。
ここにお母さんがいたら、『うじうじするんじゃないよ!』と叱られそうだ。
私は手の甲で涙を拭い、天井を見上げる。
これから、どうなるんだろう。
天涯孤独になった私はお母さんと過ごしたこの家を出て、従姉妹のもとへ引き取られる。
数年に一度くらいしか顔を合わせない従姉妹と、うまく暮らしていけるだろうか。嫌われずに馴染めるだろうか。
「お母さんっ……」
不安に押し潰されそうだ。
頭では死んだのだとわかっていながらも、お母さんを頼って呼んでしまう。
これから、私はどうやって生きていけばいいの?
縋るようにレシピを抱きしめた、そのとき──。
「え?」
レシピ本が黄金色の光を放って、やがて一ヶ所に集まっていく。
それはウサギのようなシルエットに変わり、部屋中を駆け回ると、私めがけて飛び込んできた。
──ぶつかる!
そう思った瞬間、閉じた瞼越しにひときわ強い光を感じた。
『人間、おいしいもん食べると元気になれるもんなんだよ。だから、今日も一日頑張れってエールも込めて、〝ニコニコ弁当〟なんだ』
記憶の中のお母さんは口癖のようにそう言って、幼い私を乗せたランチワゴンからお弁当をお客さんに差し出す。
その中身はコーンや塩、ブラックペッパーとよく混ぜ合わせたご飯に生姜焼きやレタス、玉ねぎ、パプリカが挟まれている握らないおにぎり──『おにぎらず』だ。
外側は海苔に包まれているが、二等分してあるので豊富な具材が顔を出し、サンドイッチのように見える。
『ご飯はお腹だけじゃなくて、心も満腹にしてくれるからね。だから雪、つらいときこそなにかを食べて、おいしいって笑いな。人生一度きりなんだ。くよくよして、俯いてばっかいたら、損だよ!』
***
「お母さん……」
雨の降る夜、私──野花雪(のばな ゆき)は部屋の隅で膝を抱えるように座っていた。
父がガンで他界してから、私を女手ひとつで育ててくれたお母さんが数日前に事故死した。
警察の話では、よそ見運転でガードレールに衝突したのだろうとのことだった。
原因は日々朝から晩までランチワゴンで働いていたため、過労で意識がなくなったか、注意力が散漫したかのどちらかではないかと説明された。
私のお母さん──野花ジゼル、享年五十歳。死ぬにはあまりにも早すぎる。
今日はお葬式で、ついさっき家に帰ってきたばかりなのだが、制服から着替える気力もわかずに動けないでいた。
「こんなものだけ遺されても、嬉しくないよ……」
私の腕の中にある分厚い本のようなレシピ。これは事故で半壊し、火まで上がったランチワゴンから奇跡的に見つかったお母さんの遺品だ。
表紙には金箔のようなもので、花時計の絵が描かれている。お母さんらしくない、かわいらしいデザインだ。
ページを開いてみると、ところどころ焼けているし、煤で汚れているものの中はちゃんと読めた。
これはお母さんの手書きのレシピで、二十歳になったら譲られるはずだったのだが、二年も早く私の手元にきてしまった。
「将来は一緒にランチワゴンで働こうねって、約束したのに……お母さんの嘘つき」
ぽたぽたと涙がレシピの上に落ち、お母さんの手書きの文字やイラストを滲ませていく。
そんなとき、お母さんの声が頭の中で響く。
『人生一度きりなんだ。くよくよして、俯いてばっかいたら、損だよ!』
震える唇の隙間からもれ出る嗚咽を閉じ込めるように、私は口を閉じる。
ここにお母さんがいたら、『うじうじするんじゃないよ!』と叱られそうだ。
私は手の甲で涙を拭い、天井を見上げる。
これから、どうなるんだろう。
天涯孤独になった私はお母さんと過ごしたこの家を出て、従姉妹のもとへ引き取られる。
数年に一度くらいしか顔を合わせない従姉妹と、うまく暮らしていけるだろうか。嫌われずに馴染めるだろうか。
「お母さんっ……」
不安に押し潰されそうだ。
頭では死んだのだとわかっていながらも、お母さんを頼って呼んでしまう。
これから、私はどうやって生きていけばいいの?
縋るようにレシピを抱きしめた、そのとき──。
「え?」
レシピ本が黄金色の光を放って、やがて一ヶ所に集まっていく。
それはウサギのようなシルエットに変わり、部屋中を駆け回ると、私めがけて飛び込んできた。
──ぶつかる!
そう思った瞬間、閉じた瞼越しにひときわ強い光を感じた。