隠し事
卒業式が終わると、美風は誰もと話すことなく教室から立ち去る。クラスメートたちは泣いていて、友達との別れを惜しんでいるが、美風には何も心に響かない。

ふと、懐かしい記憶が美風の中に蘇る。

美風の通う高校では、迷い犬を飼っていた。その犬は美風が高校二年生の頃に大往生で天国へと旅立った。その時、凪斗は肩を震わせ、声を殺して泣いていたが、美風は泣くことができなかった。

「何で、泣けないの？」

美風も、凪斗やクラスメートたちと同じように犬を可愛がっていたはずだった。しかし、一粒の涙さえも出てこない。それほど、心が麻痺しているのだ。

「懐かしい……」

悲しい思い出のはずなのに、美風は微笑んでいた。あの時の思い出は、美風が凪斗への気持ちを隠そうとしたきっかけの一つだ。彼は、優しすぎる。自分のそばにいるべきではない。

「本当……優しすぎた……」

凪斗は、他人の痛みにはすぐに気付いて声をかけていても、自分が傷ついた時にはそれを必死で隠す。その様子を何度も美風は見てきた。「見せて」と言われても、隠して周りを騙す。
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