猫娘とおソバ屋さんで働いています
 そば処・詠鳥庵。
「えいどりあん」ではなく「えいちょうあん」と読む。
 もっとも、私もお店の名前を初めて見たときは「えいどりあん」と読んでしまったけど。
 彩さんが苦笑いしながら「間違える人多いのよね」って言ってたっけ。
 まだ少し寒い三月の空気。杉花粉とかも飛んでいるから花粉症の人にはまだまだ辛い季節。
 幸いなことに私は花粉症とは無縁だ。
 これから訪れる桧花粉もどーんとこいだ。
 空は晴れ渡り、雲一つないいい天気。ほうきで店先を掃除するより日なたぼっこをしたいくらいの……いや、それにはもうちょっと気温がほしいかな。
 埃やゴミをちりとりに集めていると、どこからか奇声が聞こえてきた。
「にゃにゃにゃにゃーっ」
 猫?
 でも、猫というよりは誰かが下手な鳴き真似をしているみたいだ。
 奇声がどんどん大きくなってくる。
「まずいまずいまずいにやーっ!」
 あ、やっぱり本物の猫じゃなかった。
 声の主の姿は見えない。
 お店は県道に沿って建っていて、店の前には駐車場もある。普通自動車はもちろんマイクロバスやトラックも停められそうな広さだ。
 お店の外観は和風そのものでいかにもそば店といった感じ。県道からの入り口には看板とのぼりが立っていてのぼりのほうは風や車の風圧で揺れたりしている。開店前だから一台も駐車していない。
 私は目を閉じて想像してみる。
 お昼時にはここは満車になるのだろう。
「にゃーっ!」
 奇声が浸ろうとしている私の気分をぶち壊してくれた。
 もう、邪魔しないでよ……。
 ばたーん!
 厨房のほうでものすごい音がした。
 正確には勝手口のドアが閉まった音だったけど。
「おはようございますにゃーっ!」
 え?
 私は窓越しに店の奥、厨房に目をやった。
 直子さんの他に誰かいる。
 茶色いシャツに紺のジーパンといった格好の女の子だ。背は直子さんの胸より低い。
「タマちゃんまた寝坊?」
「違うにゃ、寝坊じゃないにゃ! 目を閉じていた時間が長かっただけにゃ!」
 直子さんに何だかわけのわからない言い訳をしてる。
 私は店内に入った。
 女の子は見た目中学生で、なぜか栗色のショートの髪からちょこんとネコミミを生やしていた。
 いや、あれはそういうデザインの髪飾りだよね?
 私がそんなふうに思っていると女の子がホールに入ってきた。
「にゃ?」
 私と目が合う。
 小首を傾げた。
「……」

「お、おはようございます」
 とりあえず挨拶してみた。
「彩さーん!」
 私の挨拶に返さず、彼女はぷいっと横を向いて座敷のほうに行ってしまう。
 無視されちゃった……て、はぁ?
 その後ろ姿に私の落胆が吹き飛ぶ。
 しっぽだ。
 栗色の細いしっぽが延びている。
 ええっ?
 この娘、ネコミミだけでなくしっぽまで付けてるの?
 
 
 
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