猫娘とおソバ屋さんで働いています
 お昼の営業時間で役に立たなかったのに私はまかないを食べることができた。
「すみません。営業中に寝てたのにいただいちゃって」
 直子さんが運んできてくれたまかないを前に私はみんなに謝る。フタのついた丼と同じくフタつきのお椀、小皿にのったキュウリ漬けと沢庵が割り箸とともにお盆の上に並んでいた。
「気にしないで。私もあおいちゃんに怖い体験を思い出させちゃったんだし」
「いえ……」
 一角(いっかく)のことが頭をよぎり、私は苦笑する。
 こんなことじゃここでやっていけないよね。
「ほらほら、せっかくなんだから食べちゃいなよ」
「はい、いただきます!」
 直子さんに促され、私は丼のフタを開ける。
 天丼だった。
 ご飯の上にエビ天が二本とナスとピーマンとカボチャの天ぷらがそれぞれ一個ずつのっている。タレの甘辛い匂いとごま油の香りが広がり鼻腔をくすぐった。
「わぁ!」
 思わず声を上げてしまう。エビ天だけでなく野菜の天ぷらまでついてるだなんて。
 これ、普通にお客さんに出しているのと一緒なのかな?
 私はたずねた。
「これってお店で出しているのと同じですか?」
「そうよ」
 彩さんが優しく微笑んだ。
「お前贅沢にゃ」
 タマちゃんが睨んでくる。
「ろくに働きもせずに一人前1200円の上天丼を食べられるなんて贅沢以外の何物でもないにゃ」
「あ、えっと、ごめんなさい」
 頭を下げた。
 彩さんがにこにこしつつドスを効かせる。
「タマちゃんは黙っていましょうね」
「けど彩さん…」
「お口チャック」
 慌てて両手で口を塞ぐタマちゃん。
 ……やっぱり彩さんて怒らせたらダメなタイプだ。
 私は再度この人を怒らせないようにしようと決めた。
「さぁ、食べて食べて」
 放っておいたら自分で食べてしまいかねない勢いで直子さんが急かす。
 私は割り箸を割った。
 早速エビ天を一口ぱくり。
「んーん」
 思っていたよりもずっと美味しい。
「美味しいです、すっごく美味しいです!」
「そう? あおいちゃんのお口に合って良かったわ」
 彩さんは嬉しそうだ。
「どんどん食べてね」
 直子さんは心なしか食べたそうにも見える。
「……」
 タマちゃんは文句をつけたいみたいだけど彩さんが怖くて何も言えなくなっている感じ。
 私はエビ天だけでなくご飯も食べる。天ぷらのタレの味がほどよくしみこんで口の中で……うん、語彙力足らない。
 食レポなんてできないよ。
「お口でご飯がフィーバーしてる!」とか「丼の中は宝石箱や!」とか、テレビリポーターやタレントが用いるありきたりな表現は使いたくないし……。
 だからとにかく「美味しい」ってことで。
 お椀のほうはお味噌汁だった。具は豆腐となめこ。味噌は白味噌と赤味噌の合わせ味噌のようだ。
「これ、白味噌と赤味噌の合わせ味噌ですか?」
「そうよ」
 彩さんがうなずいた。
「配分はうちの人が考えたの。そういえば、まだ紹介してなかったわね」
「あ、はい」
 
 
 
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