猫娘とおソバ屋さんで働いています
 ……、ここの旦那さんってどんな人なんだろう?
 少し想像してみた。
 ごつい顔の職人肌。
 それとも優男だけど味へのこだわりは人一倍?
 あるいはぐーたらだけど超人的な味覚の持ち主とか。
 いつもお腹を空かせていて、お握りをもらうと超絶技巧の料理テクでお礼をしたり。
「お前のしていることはグルメ自慢にすぎん!」とか怒鳴りつけて至高のメニューをふるまったり……。
 うん、だんだん意味不明になってきてる。
 また苦笑していると彩さんが突然パンパンと両手を打ち鳴らした。
 え?
 池の鯉?
 私が頭に疑問符を浮かべると長身の男が駆け足とともに部屋に現れた。。
 体格の良い浅黒い肌の男だ。白衣姿なので何となく誰か見当がついた。
 息を整えながら男が彩さんの横に正座する。横に並ぶと男の大きさが際立った。もしかすると二メートルくらいはあるのかもしれない。
 彩さんが手で示した。
「この人が私の旦那。天狗の一族の大沢五郎(おおさわ・ごろう)よ」
 五郎さんが会釈した。表情はにこやかだ。
 私は食事の手を止めて姿勢を正した。
 お辞儀する。
「あ、青森あおいです。よろしくお願いします」
 こちらこそよろしく。
 声が直接頭の中に流れてくる。
 え?
 今の……何?
 私が戸惑っていると彩さんがクスクスと笑った。
「ごめんなさいね。この人、声を出せないのよ。その代わり念話(ねんわ)で会話できるから」
「念……?」
「そうね、テレパシーって呼んだほうがいいかしら」
 うん。
 五郎さんの「声」はその体つきに似合わず声変わりする少年のように音程が高い。違和感ありまくりだ。
 と、そこまで思って私ははっとする。
 今の、聞かれてる?
 心の中、読まれてる?
 背中に嫌な汗をかいていた。
 どうしよう。
「あ、一応言っておくけど」
 彩さんが補足した。
「あくまで喋れないことの代用で使っているだけだから、心を読んだりできないの。だから変に警戒しなくてもいいからね」
 タマちゃんがぽつりと言った。
「こいつ今エロいこと考えていたにゃ」
「考えてませんっ!」
 つい言い返してしまう。
「タマちゃん」
 彩さんのこめかみがぴくぴくする。
「ちょっと隣の部屋でお話しましょうか」
 立ち上がりかけた彩さんをタマちゃんが必死に止める。
「ご、ごめんなさいにゃ! だからアレは簡便してほしいにゃ!」
 アレ?
 気にはなったけど追求はやめた。
 
 
 
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