猫娘とおソバ屋さんで働いています
 半泣きのタマちゃんをよそに彩さんが言う。
「ここで働くにあたって、いくつか約束してほしいの」
「約束ですか」
 私は目をぱちぱちさせる。
 まかないは食べ終わっていて、直子さんによって食器は片づけられていた。
 今、和室にいるのは私と彩さん、五郎さん、そしてタマちゃんの四人だ。
 彩さんが言った。。
「約束その一、お店のレジのお金に手をつけない」
「はい」
 そうだよね。
 お店のお金に手を付けたらだめだよね。
 彩さんがちらとタマちゃんを見る。
「もちろんお客さんの忘れた財布からお金を抜いたり、出前の代金をちょろまかしたりするのもダメだから」
「はい」
 タマちゃんが目をそらす。
 まさか、ね。
「次は約束その2。厨房にある業務用冷蔵庫から食材を持ち帰ったり、自分の食料を許可なく冷やそうとしないこと」
「はい」
 応じながらタマちゃんに目をやる。
 視線に気づいたのか、抗議の声が上がった。
「あたしそんなことしないにゃ! 疑うなんて酷いにゃ」
「タマちゃん、アイスを冷凍庫に箱で入れていたのは誰かしら?」
「あれ半分直子のアイスにゃ。それに大将だって『ガジガジくん』を冷やしていたにゃ」
 うっ、それは……。
 五郎さんの「声」が漏れた。
「ふうん、そうなの? それで、誰も私にはアイスをくれないのね。みんながどう思っているか……」
 低い声で。
「よぉーくわかったわ」
 ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!
 一角よりもずっと怖い人がここにいるよぉ!
 彩さんがにこにこ顔を崩さないけど目は笑っていない。
 というか怖い。
 ……私だけは気をつけよう。
 そう決意すると彩さんが三番目の約束を口にする。
「最後に約束その3……これはとっても重要だから厳守してもらわないと困るんだけど」
 彩さんが少し間をおき、私はゴクンと喉を鳴らした。
 何だろう?
 遅刻しない、とかかな?
 あ、それだとタマちゃんが守れてないよね。
 今朝、遅刻していたし。
 だとしたら他には?
 彩さんが告げた。
「うちの旦那に手を出さないこと。もし破ったら」
 と、とびきりの笑顔で。
「地獄の果てまで追いかけて、必ず魂ごと滅するから」
 ふっ、と意識が飛びかけるのをどうにか堪える。
 大丈夫。
 そんな私に五郎さんが「声」をかけてきた。
 君、僕の好みじゃないから。
「……」
 何だろう。
 この怒りにも似た敗北感。
 
 
 
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