初恋エモ
ステージでは、弾き語りの女性アーティストが歌声を響かせていた。
カフェで精神統一をしていたというミハラさんと合流し、楽屋へ向かう。
遅れてクノさんも楽屋に入ってきた。
「曲、替える」
彼はギターを取り出すなり、突然そう言った。
「え?」と私とミハラさんの声が混ざる。
演奏するのは2曲。
『ブルー/イエロー』と、コンテスト用に仕上げた新曲の予定だった。
新曲はフェスで盛り上がりそうな、四つ打ちドラムの明るい曲。
透明ガールらしくはないけれど、コンテストに勝つために急いで作り上げた。
だけど、クノさんはそれを『さよならストライク』に替えたいらしい。
この曲はテンポが速く、ミハラさんのドラムだとクノさんが走りがちになってしまうし、曲調も暗い。
ファンの間では人気な曲であるものの、初見のお客さんにはあまりウケない。
ただ私は、一番クノさんらしい、そして、透明ガールらしい曲だと思っていた。
「ミハラ、行ける?」
クノさんがそう問いかけると、ミハラさんは、
「うん。透明ガールの中で一番練習した曲だから」と力強く答える。
「よっしゃ、背中は任せたわ」
得意げな顔で、クノさんはミハラさんの肩を叩いた。
「あと、美透!」
「はいっ」
クノさんに突然ギロリとにらまれ、背筋がぴんと伸びた。
「お前こそいつも通りやれよ」
ぎく。密かに緊張していたのがバレていたみたいだ。
その証拠に何度もチューニングの確認をしてしまっていた。ばっちり合っているのに。
「はい! ががが頑張ります!」
ガチガチながらも大声で答えると、二人はぷっと笑った。
前のアーティストの演奏が終わり、「次、透明ガールさん、お願いします」と係の人が楽屋のドアを開けた。
「俺らのライブをすっぞー!」「おー!」
三人で円陣を組み、気合を入れてから、ステージへ向かった。
フロアには関係者さんたちと、ぽつりぽつりライバルバンドの人もいる。
いつもと違う空気。だけれど、私たちはいつもと変わらない。
ミハラさんの「せーの!」という合図で、いっせいに三人で爆音を響かせる。
間髪入れずに、クノさんは早口で挨拶する。
「透明ガールってバンドです。よろしくお願いします」
さあ、ライブの始まりだ。