初恋エモ
☆
クノさんと一緒に東京へ行く。
このことを諦めたわけではない。
しかし、私に内緒で彼は旅立ったらしく、会うことはできなかった。
鍵がかかったままの彼の家を後にし、とぼとぼ家に帰る。
彼の叔父さんも海外に移住することになったため、あの家とガレージは引き払われることになったらしい。
親とも決別したため、本当にクノさんには帰る家がなくなった。
私はそこまでの覚悟を決めることはできない。
しがらみはあるものの、母と真緒という家族との縁は簡単に切れないと思ったから。
彼もそれを分かってて、私の東京行きたい発言に聞く耳を持たなかったのかもしれない。
「ただいま」
家に帰ると、どたどたという足音がして、真緒が顔を出した。
その手には大きな黒いケースがあった。
「真緒、なにそれ」
「おねーちゃんにって渡された」
受け取り、ファスナーを開けた。
――え。
ぴんと張られた四本の太い弦。ターコイズ色のボディ。
そして、側面についた小さな傷。
紛れもなく、私のベースだった。
「これ、誰が持ってきたの?」
慌ててそう聞くと、真緒は「なんか怖そうなおにいさん」と答えた。
「まさか……うそ……」
胸がいっぱいになり、目の奥がつんと痛くなる。
部屋に戻って、枕に顔をうずめようと思ったが、ケースの奥に紙切れが入っていることに気がついた。
がさりと音を出し、引っ張り出す。
「う……クノさんのバカ……っ」
結局、不思議な顔をしている真緒の前で、ベースを抱えたまま思いっきり泣いてしまった。
『ごめん、今の俺ではお前の人生まで背負うことはできない。
一年後、東京で待ってる』