初恋エモ


「お疲れ様でした~」


バイトを終え、自転車をひたすら漕ぐ。

ポケットに入れていたスマホが震え、休憩もかねて自転車を止めた。


クノさんからDMが届いていた。


『曲作った。聴いてみて』


ガタン。危なく自転車を倒しそうになった。


慌ててポケットからイヤホンを取り出す。

自転車から降り、スタンドを下げてから土手の草むらに腰をかけた。


再生をタップした。


『面白くないのに笑って
クソみたいに愛想振りまいて
自分が知らない人になっていく』


あれ、これ前にもアップしていたやつだ。

中学の頃、DMを送って一番最初に聴いた彼の曲。


切ない曲調に、きれいなメロディー。

前に聴いた時より少し変わっているものの、相変わらず暗い歌詞。


どうして彼はあんなちゃらんぽらんな人なのに、こんな苦しくていい曲を書けるのだろう。


暗い川の流れを眺めながら、曲の世界に入り込んでいたけれど、はっと気がついた。

最後の歌詞ががらりと変わっていた。


『きみの笑顔を守りたいだけだよって
しょうもない願いすら言えなくて』


彼の曲に『きみ』というワードが含まれたのは初めてだ。


この曲を私に聴かせたのには絶対に理由がある。

クノさんの心に何らかの変化があったんだ。


うぬぼれかもしれないけれど、私が彼に影響を与えることができたのかもしれない。


何度も聴いて、歌詞を頭の中で反芻する。


音楽をやるべき人が、なぜかやっていない。

クノさんの音楽を一番に理解しようとしている私だからこそ、やれることがあるはずだ。


今までの私は、バンドをやってほしい、と彼に伝えただけで、何にも行動に移せていない。


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