初恋エモ
☆
「着替えたいです~」
「うるせー、もう遅れてるんだよ」
試合後の余韻もなく、私はジャージのまま学校を出て自転車をこいでいる。
クノさんの家に寄って楽器を持った後、駅へ。
「あのぅ、一体どういうことなんでしょうか」
ギターを背負ったクノさんにそう尋ねても、「行けば分かるから」としか言ってくれない。
楽器を背負っているため、お互い立ったまま。
電車に揺られていると、いろんな想いが頭をめぐっていく。
穂波さんに怒られたこと、ミハラさんに飲み物をおごってもらったこと。
クノさんがホームランを打ったこと、そして今楽器を持ってどこかへ向かっていること。
ただ――
電車は陸橋に差し掛かり、普段近くを通っている川を渡っていた。
ドア近くでスマホをいじっているクノさんに、オレンジ色の光が当たっている。
「あの、ありがとうございました」
お礼を伝え、ぺこりと頭を下げた。
「いいえ」
「ホームラン打ったの、すごくかっこよかったです」
彼に素直な気持ちを伝え、恐る恐る顔を上げる。
クノさんはふっと鼻で笑いながら、得意げな顔を私に向けた。
「へー。素直じゃん」
照れくさいんだか、恥ずかしいんだか、よく分からない気持ち。
そして、今から何が起きるのかわくわくした気持ち。
「かっこいいは否定しないんですね」
今の感情を悟られたくなくて、憎まれ口を叩いたものの。
「だってそれ本音でしょ?」と返され、何も言えなくなった。
なんか悔しい。
「でもすごいですね、ブランクあるのにあんな飛ばすなんて」
「野球やってた時のこと、思い出したから」
電車は目的地に着いたらしい。
クノさんは私にこう伝えてから、扉の外へ向かった。
「打つも投げるも、絶対できるって信じれば意外とできるってこと」