蛍火に揺れる
告白の返事は『詐欺かしら?』
*****
どうやら私はうつらうつらと寝ていたらしい。
目を開けるとそこはー真っ白い病室だ。
隣にある窓からは、雪が溶けた後の湿った街の空気が感じられる。
「起きた?沙絵(さえ)ちゃん」
彼が優しい声で、私に問いかける。
彼は私の旦那だ。
江浪憲正(えなみのりまさ)。
ノリ君と呼んでいる、私より二つ下の二十九歳。
彼は視線を落として、腕の中に優しく微笑んでいる。
その腕の中にはーー産まれたばかりの女の子がいる。
正真正銘、私達の子だ。
「名前なんだけど」
ノリ君は、視線を私に戻すとそう切り出した。
「ケイにしようと思うんだ」
「ケイ?」
「うん。『蛍』と書いて『ケイ』」
夏の名前のような気がするんだけどね。そう呟きながらも、彼は由来についてこう説明する。
「病院に来る最中雪が降っていて…街頭に照らされている雪が、蛍のように見えたんだ」
蛍。
あの日、また一緒に見たいと言った蛍。
ひょっとしたら彼は、ここに来る最中ーあの日のことを思い出していたのかも知れない。
私は微笑んで「いいと思う」と言って頷く。
彼も優しく笑いかけると…その表情が、面白可笑しく笑う顔に変わった。
「何?ノリ君」
「いや、あのね。雪で思い出したことがもう一つあって」
「何?」
「あの日も雪が降っていたなーって」
「あの日?」
「『詐欺かしら?』って言われたあの日」
そう言われると、思わず私もプッと吹き出してしまった。
あぁ確かに。私は 彼の一世一代の告白を、詐欺かしら?とあしらった。
そう返事をして三年後。
彼は私との子供を抱いて、笑い合っている。
今思うと、それは実に奇妙なことのようにも思える。
< 1 / 153 >