水曜日は図書室で
 美久は息を飲みたい思いで聞いていった。
 快の『事情』を。
 美久に話さなかっただけあって、きっとほとんどひとに話していないことなのだろう。
「一年の半ばくらいまではプレイヤーだった。選手だったんだ。自分で言うのもなんだけど、中学時代は毎回試合に出てたし、下手じゃなかったと思う」
 快はどっかりとベンチに腰を下ろした姿勢で、手を組んだ。パズルをするように両手を組み合わせる。まるでそこに答えがあって、それが解けずにいるように。
 美久はそれをただ聞く。
「一年のときは当たり前だけど選手なんかできなかったよ。入学したばっかじゃ先輩にかなうわけないだろ。でも二年になったら絶対選手になってやるって思ってたし、そのために頑張ってた」
 快はそこで美久をちょっとだけ見た。美久はどきっとしてしまったけれど、快は目元だけで笑った。すぐ前を向いてしまったけれど。

「でも俺はバカだったのかもしれないな。頑張りすぎて……怪我、しちまったんだ」

 美久は息を飲んだ。
 怪我。
 快はひとことで言ったけれど、きっとそれはとても大きなものだったのだろう。
「それがあまりいい経過じゃなくて……リハビリとかもしたんだけど、……うん」
 つまり、怪我が原因でプレイができなくなった、ということだろう。
 それで今はマネージャーをしていると。
 そしてそれなら快が『喜んでマネージャーを務めてるわけじゃない』という気持ちに繋がるのだろう。
 しかしそこで美久は、あれ、と思った。
 プレイができなくなったのなら、もう秋のことだが合同体育。レクリエーションのバスケ。
 あのときはいったい……?
「あの」
 口をはさんでいいものかちょっとためらったのだけど、美久は声を出した。
 疑問を持ったままというのも良くないと思って。
「うん?」
 快がこちらを見る。
 ちょっとどきどきとしつつ、これは心臓が冷えそうなどきどきであったが、美久は聞いた。
「秋の合同体育……出てなかった、っけ」
 美久の言葉を聞いて、快は目を丸くした。
「ああ……」
 もうずいぶん前なのだ。なつかしそうな声になる。
 そしてそれはどこか悲しげであった。
「まるでできなくなったってわけじゃないんだ。実際、日常生活に支障はないし、あのとき合同体育で出たくらい短時間なら問題ない」
 確かに、と美久は思った。
 怪我をしたと聞いた割には、そもそもどこにも不自由なところは見えない。
 日常生活、図書室で会ったり話したり出掛けたり……そういうときだって、そんな様子はまったくなかったのだ。
 しかし快はそこで動いた。
 右腕に左手で触れる。右腕のひじだった。
 美久はそれで察する。怪我をしたというのはそこなのだろう。
「でも、強度がなくなっちまったんだよ。ハードな運動ができないんだ」
 美久は目を丸くしてしまった。
 強度。
 美久はスポーツをしているわけではないから、詳しいことなどなにもわからない。
 けれどなんとなくは想像できる。
 バスケは激しく動くスポーツだ。腕ではボールをドリブルして、運んで、パスして、そしてシュート。めちゃくちゃ『ハード』である。
 おまけにそれは一時間近く続くのである。通してプレイをするならハードどころではない。
 全部わかった。
 あのとき快が少しだけコートに入ったことも。
 なぜか急いているような様子だったのも。
 長くプレイができないから、その中で少しでも結果を出したいとか、そういう気持ちだったはずだ。
 美久が理解したのはわかってくれたのだろう。快はまたこちらを見てくれた。
 安心させるようにほほえんでくれる。
 でもそれは心からの笑みとはいいがたかった。
 その証拠にすぐに顔を前に向けて、独り言のように続けたのだ。
「ただ……半端にできるのが悪いのかな。なんか、思いきれなくて。なんとか頑張ればまたプレイができるんじゃないかって。そういう、ありもしないこと考えてもんもんとしてたんだよ」
< 101 / 120 >

この作品をシェア

pagetop